指先 | ナノ
「三成、正家、展開が一つ。四国の長曾我部が同盟の意を示している」
「同盟を…?名もなき蝙蝠がなぜだ?」
「さてな、われにはとんと分からぬ。だが、わけぐらい聞いてやっても良いやもな」
「…そういえば少し前だが、長曾我部不在の四国が襲撃されたと聞いた気が…。それ関連かもしれないよ、三成」
「…家康が襲撃、だと…? 長曾我部、元親…」

文を手に現れた吉継。
それを読んでみると、たしかに長曾我部の名が記され、『同盟』の二文字が確認できる。
家康憎しで俺たちへ降ると言うのなら、たしかに道理は通るか。
今や日の本は西と東で分断されている。
そんな状態で、家康が率いる東軍へ降るなど、まずありえない。
俺としては納得できる理由だが、三成は釈然としないらしい。

「私たちと組んだとして、長曾我部が得る利とは何だ?」
「情報が正しければ、家康への復讐、四国復興の協力…とかかな」
「フン…まあいい、話くらいは聞いてやる。寸分でも裏切りを匂わせたら斬る。いいな? 刑部」
「よかろ。さあ、行くぞ、ヒヒッ」

* * *

四方を海に囲まれた島。
岩崖ばかりで、内陸でないと農作物も満足に育たないのではないか。
見渡す俺を置いて、三成は一目散に駆け出す。

「おい! 三成! ここは敵陣だぞ!?」
「何の利もなく同盟を組もうなど、そのような戯言は信用できるか! 私が直接見定めるッ!」
「やれ正家、追うぞ。置いていかれてしまうであろ」
「…俺は少し調べたいことがある。すぐに追いつくから先に行っててくれ」
「ふむ…? ではわれは行く。早に追いつけ」
「了解了解っと」

吉継を見送って、後ろに控える鳳を振り返る。
俺が何を考えているのか分からないのか、指示を待つように見上げる鳳。

「鳳には別のことを任せたい。おそらく、数日はかかるだろう」
「は。この鳳、正家様の命であれば何なりと」
「四国急襲について調べてくれ。…本当に家康の手によるものなのかどうか」
「それは…? 長曾我部本人がそう言っていたと、たしかに報告を受けておりますが…」
「騙されているかもしれない。…嫌な予感がするんだ」
「…承知しました。此度の戦では麒麟が側仕えをいたします」

鳳を見送り、三成たちの後を追う。
…俺の思い過ごしだといいんだけど。
でも、どうしても可能性を捨てきれなかった。
四国急襲が…吉継の策である可能性を。
三成のためなら、吉継はやりかねない。
同盟国を増やすために、すべては家康に勝つために。

* * *

「うおッ、罠というか絡繰だらけだなここは!! くそ、全然追いつけない…」

雑兵はほとんど三成に打ち倒されたらしい。
乱暴に斬り捨てられ作られた道をただひたすらに走る。
おかげで俺は一切の戦闘を行わずにここまで来れた。
かなり奥まで来たはずなんだが、いかんせん曲がりくねった構造になっているせいで距離感を掴めない。

「正家様、こちらです」
「麒麟! 悪いな、助かった」
「三成様が既に長曾我部元親と接触しています」
「急ごう!」

麒麟が導く先に向かえば、開けて一段と大きな空間があった。
そこで向かい合う三成と…隻眼のあれが長曾我部元親か?

「あんたも随分とお堅いな。…さては、裏切られるのが怖いのか?」
「貴様…ッ!」
「…俺を裏切ったのは家康だ。アンタの気持ちはよく分かる」
「…なぜ同盟を組もうと考えた…」
「それは…家康と戦うためだ。家康は俺を裏切り、四国を壊滅させた…俺は、変わっちまったあいつがどうにも許せねえ!」
「家康と戦うために…家康のためだけに私と結託するというのかァ!!」
「どうした、何を怒って、っおっと!」

ガア!と吠えて三成が一閃した。それに応じる長曾我部。
部屋に一歩入れば、すぐ手前には吉継が控えている。
戦闘は三成に任せるつもりなんだろう。

「して、ぬしの悪巧みは首尾良うか?」
「、うん。ばっちり」
「ヒヒッ、それは僥倖」
「…長曾我部に三成…家康に裏切られた者同士、か…」
「徳川はまこと、罪深きよな。ぬしも三成も傷だらけよ」
「俺は、別に…」

吉継の言葉にうつむくと、一際大きな金属音が響いた。
顔を上げれば、座り込んでいる長曾我部と、少し離れた場所で刀を鞘に戻す三成。

「ふう…まいった! あんたについてきゃ、間違いねえな」

負けたとは思えない、スッキリとした声が響いた。
見た目に反して、中身は気持ちのいい男なのかもしれない。
立ち上がった長曾我部は三成に手を差し出す。…握手か。
三成といえば、もちろん、その手に気づいている。
だが、応じはしない。そっぽを向いて無視を決め込んでいる。

「それに、あんたが気に入った。真っ直ぐな目をしたあんたが。あんた、言われているほど悪い奴でもねえな?」

長曾我部が三成の顔を覗き込む。
…いや、ちょっと近くねえか!?
あの距離は承服しかねる、ずかずかと近づくと、三成が怒りを含んだ目で顔を上げた。

「それを言うなら貴様の目は何だ! その目は、郷愁の目だ! 奴を憎むというのは妄言か!」

三成の言葉を受け、長曾我部はそっと目を伏せた。
先程までの快活な様子は鳴りを潜め、寂しげに微笑む。

「嘘じゃない。だから俺が、やらなきゃならねえ」
「くっ…!」

苦々しげに長曾我部を払い除け、三成は出口へと向かう。
このまま帰るつもりなのか。
吉継は三成に倣ってこの場を後にしようとする。
…今後のことは俺に任せるということか!!

「誰もが家康を見、家康を思い、家康を中心に動いている…。私から全てを奪った貴様に世界の全てが注がれている…ッ! 許さない…私は貴様を許さない…!」

遠ざかる三成の怒声が広い空間に響く。
長曾我部に近づいていくと、苦笑を浮かべている。

「あいつはいつもあの調子なのか?」
「まあ…以前はもう少し、落ち着いていたんだけど。…遅くなったが、豊臣軍の長束正家だ。主に財政を担当している」
「ああ、俺ァ長曾我部元親だ。…これで同盟は成立したってことでいいのか?」
「アンタを殺さなかったことが、三成の意思表示だ」
「そうか。…石田も難儀な奴だな、わかりにくいったらありゃしねぇ」
「あんたも言ったとおり、悪い奴ではないんだよ」

二、三言葉を交わし、俺も三成たちの後を追おうと背を向けた。
数歩歩みを進めた所で、背後から声がかかる。

「―――なあ、長束。家康は変わっちまったと思うか?」
「…さあ。それを見極められなかったから、今俺たちはこんな状況なんじゃないか?」
「答えになってねえな。俺はよぅ、それを見極めてえんだ。それを石田に言やあ、斬られそうだがな」
「それは間違いない。寝ぼけても三成の前でその本音は隠してくれよ」

今度こそその場を去る。
「見極めたい」…ああ、その気持ちはよく分かるよ。
本気で俺たちを殺すつもりなのか、―――あの日々は、偽りだったのか。
きっと、それを知ることはもうない。
道は分かたれた。
もう、交わることは、ない。

「正家、長曾我部との話は済んだか?」
「うん、正式に同盟を結ぼう。三成が認めるなんて、珍しいし」
「認めてなどおらん。わずかでも心変わりが見られれば斬滅する」
「三成、今は一国でも惜しい。三成が長曾我部の心を掴んで離さないようにする必要があるんだよ」
「そうよ、三成。賢人も労苦していたであろ。人心掌握は政の要よ、カナメ」

三成は納得はしていないようではあるが、吉継の言葉に頷いてみせた。
長曾我部元親。
寂しい表情をする男だった。
つい優しくしてしまいたくなるような、そんな男。
破壊し尽くされた絡繰を尻目に、俺たちは大坂への帰路へとついた。

* * *

長曾我部との同盟から五日が経過した頃。

「…やはり、四国急襲には吉継が絡んでいたんだね」
「確度の高い情報です」
「……吉継…」

鳳からもたらされた情報。
それは、先日依頼していた、四国急襲の真相だった。
曰く、吉継と毛利による共謀。
すべては長曾我部が西軍を選ぶように仕向けられたものだった。
…どうする?
四国壊滅がなければ、本来長曾我部は友である家康の元に参じただろう。
それを妨げるための策。
そう、すべては三成のためなのだ。
でも、こんな義にもとることを許していいのか?
…もし、事前に吉継から話を聞いていたら、俺はどう判断しただろうか。
不義理として拒絶しただろうか、それとも、三成のためと黙認しただろうか?

「…いかがいたしますか、正家様」
「…………結果として、俺たちは大きな力を得た。殊、絡繰に関してこの日の本で長曾我部の右に出る者はいないだろう」
「それでは…」
「…俺は、吉継の行ったことを認めよう。この罪は俺も背負う。三成のために、人の心を傷つけた罪を」

鳳に他言無用を命じれば、是と返ってくる。
この事実を長曾我部が知れば、同盟破棄どころか、俺らを襲ってくる可能性も十分にあるな。
秘匿せねば。
吉継が行ったことは間違いではない。
この戦国の世、清濁併せ呑まねばならない。
半兵衛さまとて、同様の策を打っただろう。
それよりも俺が気になるのは。

「毛利が絡んでいるのが気になるな」
「既に大谷様によって同盟の議が結ばれているのでしょうか」
「もしそうであれば、長曾我部と同じように俺や三成に報告してくるだろう」
「…それでは一体…」
「分からない。だが…水面下では何かしらの約定があるはずだ」

毛利…毛利なあ…。
この日の本で半兵衛さまに並ぶ智将だ。
冷徹無比、冷酷無情…吉継と組んで何をするつもりなのか。
先日の大友の一件以来、どうしてもザビー教がチラつくが…。

「毛利に何か動きは?」
「表では、大谷様が西軍へ降るよう文を送っています。ただ、今の所答えはないようです。裏では…分かりかねますが」
「そう…」

安芸を本領安堵すれば毛利はこちらに付くだろうか。
もし家康と組まれでもしたら、俺らは東西から挟まれる形になる。
早めに引き入れたいところだけど、なにぶん、取り込みたい国は多い。
慎重に、でも迅速に勢力拡大を図らねば。
ふう、と一息吐いて茶を啜ろうと湯呑を持ち上げた。

「兄様!」
「! 直吉か、入る前に一声かけてくれよ」
「それは申し訳ありませんが、緊急です!」
「…何があった?」

慌てた様子で直吉が部屋に入ってくる。
緊急事態か。
どこぞの国が反乱でも起こしたか?
それとも、新たに東軍の同盟国が増えたか。
直吉へ顔を向ければ、切羽詰まったように情けない声を上げる。

「難波津に、長曾我部様が!」
「…うん?」
「同盟の手土産だ! と大量の海産物と共にいらっしゃいました…!」

…頭が痛くなる。
事前に連絡をするということができないのか!?
頭を抱えながら、難波津へ急ぐ。

* * *

「よぅ! 長束! 突然悪いな!」
「そう思うなら前日には連絡をくれ…だが、遠路はるばる、よく来てくれた」
「ちょうど通りがかってよ、石田の痩せっぽちな体が思い出されちまって。大漁だったから手土産に持っていこうってな!」

ニカッと笑い、遠慮なく背中を叩いてくる長曾我部。
…俺はあんたほど体格に恵まれていないんだがな。
後ろには、網にかかった魚の山。
ただ、純粋な好意は素直に嬉しく思う。

「…なあ、四国急襲の件だが、」
「あん? 何だ?」
「…………いや。家康の目的がわからない以上、もう少し調べてもいいかもな」
「…? …ああ、たしかに、もう一度狙われる可能性もあるしな」

―――俺は何を言っているんだろう。
疑念を持たれたら? これで本当に長曾我部が襲撃の真相を知ってしまったら?
西軍からの離脱だけで済めば軽い方だ、最悪三成に刃を向けることだってあるかもしれないのに。
軽率な行いに吐き気がする。
覚悟が足りない、勝つためには俺は人を騙すし、殺しさえする。
弱腰の自分はここで殺さないといけない、もう、俺は悩んではいけない。

「十分に気をつけてくれ。何かあれば支援も行う。軍の再建、できる限り協力したいと考えている」
「何から何まで悪いな! 石田にもよろしく伝えといてくれよ!」
「ああ、必ず」

長曾我部を見送り、一人潮風に当たる。
何が正しいのか、俺の選択は間違っていないか。
三成に生きてほしい、ただそれだけの願いで、俺は一体何人の人間を巻き込もうとしているのか。
…半兵衛さま、俺は、あなたのようにはなれそうにもありません。
海に背を向け一歩、踏み出せば、もうその足取りが何かに絡め取られることはない。
―――今日の夕餉には、魚を使わせよう。
三成、食べてくれるかな。

魚は今日も大海を揺蕩う



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