指先 | ナノ

馬に揺られて西への道をゆっくりと進む。
パカリパカリと、静かな農地に馬の蹄の音が響く。

「はぁ…」
「そないにため息つくなや。しゃーないやろ、その腕で政務は無理に決まっとる」
「……そーかもしんないけどさー」

雑賀衆の獲得を逃したことで、俺と行長は大友を傘下に入れるべく豊後を目指していた。
家康と戦をするに当たって、今まで貯めてきた資金では足りなくなってしまった。
そこで、行長曰く「たんまり貯め込んでいる」ザビー教に協力を仰ごう、ということになった。
……最後まで三成はあの団体と手を結ぶことを良しとはしなかったな…。
立花の力は是非ほしい、と吉継が説得してやっと渋々認めた、といった感じだった。

「…腕が使えなきゃ、俺、いる意味ねえもんよ」
「そないなことあらへんて。もー、めんどいわぁ、ウジウジな正家の世話」
「ウジウジってなんだ、…不安なんだよ、今の俺で三成の役に立てるのか」
「刀使えへんからって? へーきヘーキ、おまんは刀使えてもあんまし役に立たんから」
「うぐ…っ。普通そこで本当のこと言うかよ……」
「それだけ儂と正家が仲良しさんゆーことやろー」

くすくすと楽しそうに笑う行長を恨みを込めて睨む。
その視線を受けてもへらへらと笑う行長。
怒っても仕方がないとため息を吐く。

「とにかく、行長は大友の若様のご機嫌とり、頼んだぞ」
「おー、任しとき。宗麟様は扱いやすくてええで、とりあえずザビー様ー言うとればええんやから」
「様、って…三成に聞かれたら怒られるぞー。秀吉様以外に貴様の主はいないーってさ」
「むーん、せやなぁ…気いつけるわ」

ぽくぽくとのんびり歩いているとようやく見えてきた面妖な城下。
ここまで来るのに随分とかかった。
秀吉さまのように安芸から大坂に十日間で行く、というのは普通に考えて無理だ。
帰りもこれほどかかるとなると……。

「鳳ちゃんはもう着いてるやろか」
「五日前には向こうに着いていたようだよ」

懐から鳳の文を取り出す。
大友の若様はどうやら忍がお好きなようで、俺のもとへとんぼ返りしようとしたのを止められたらしい旨が記されていた。
…きっと、若様の機嫌とりを頑張ってくれているんだろうなぁ……。
会ったらまず思い切り褒めよう。
げっそりとした鳳の顔を思い浮かべ、これまた面妖な門をくぐった。

* * *

「西軍に参加、ですか」
「…はい、大友領は西の五本指に入る広大な国。是非、ご参加頂きたく」
「僕はザビー様のお帰りを待っているのです、くだらない戦に現を抜かしている暇などありません!」
「ほんまですかー、そら残念やねぇ、正家。儂ら、そんな宗麟様にとーってもイイお話持ってきたっちゅうに」
「は?」
「…何です? ミルキー、そのイイお話、というのは」
「そらー、決まっとりますやろ、ザビー様についてです」
「!」

にこー、と満面に笑みを浮かべた行長に視線を送る。
…俺はそんな話、聞いていないぞ!
ちらちらと何度も目を行長に向けるが、視線は一向に交わらない。

「宗麟様は伝説の信者の存在をご存知で?」
「伝説…タクティシャンですね!」
「せや! タクティシャン・サンデー!」
「か、彼がどうしたのです! 伝説…まさか、ザビー様の…!」
「そう! ザビー様の、……何やったかな、正家!」
「はぁ!? そこで俺に振るか!?」

何だったか、ととぼけるように言った行長にガシリと肩を組まれる。
焦って隣の行長を見る。
垂れ下がった目の片方がパチリと閉じられる。
行長の唇がパクパクと動かされ、俺に何かを伝える。
………『任せる』、だと?
確かめるように行長をまじまじと見るが、にこりと笑みを浮かべこっくりと頷かれただけだった。
…このクソ野郎!!

「………ざ、ザビー…様、の…」
「ザビー様の!?」
「…………………………い、居場所を知っています! その、さんでー? という信者、が…」
「せやせや! あんなぁ、居場所を知っとる、というよりなぁ、伝説は凄いで、ザビー様へ繋がる超次元の扉をドドン! と創れるんやでー!!」

苦し紛れに嘯いた言葉の尻を掬って行長が続けた。
その内容に、行長を睨むように目を向けるが応じられることはない。
何だよ、超次元の扉をドドン、って。
さすがに通じないだろ、と大友の若様をちらりと伺うと、…キラキラと目を光らせていた。

「それは本当ですか、ミルキー!」
「当たり前やないですかー。…して、その伝説の信者の名、知りとうないですか」
「知りたいに決まっています!」
「それじゃァ、西軍と同盟を結んでもらわな。ただで教えられる思うたらあきまへんで」
「……、………分かりました。宗茂! 僕たち、大友軍は西軍に降ります! そうですね、僕たちが出来ることは資金を支援するくらいです、後日宗茂に送らせますので…さあ! 伝説の信者の名を教えなさい、ミルキー!」
「ふっふっふ…分かりました、そこまで言われてしもうたら言わんわけにはいきまへん。伝説のタクティシャン…その名は、サンデー毛利!」
「ぶッ!!」

行長の口から明かされたのは、毛利という、冷徹な智将として半兵衛さまと名を連ねた者と同じ姓。
…まさか、あの毛利元就ではないだろう。
半兵衛さまが称えた知略を数々生み出した男がこのような…珍妙な団体に傾倒するわけがない。
ないない、と一人結論を下す。

「毛利…?」
「知りまへんか? 彼の、安芸国主、毛利元就公!」
「…な、なあ……嘘だろ、行長、あの、あの毛利が…?」
「うん」
「……………毛利の身に一体何が…」

実際に会った、と言われてしまえば納得するしかない。
行長は嘘を(たまにしか)吐かない男だ、信用するに値するだろう。
俺が混乱している間に同盟の手筈は行長によって執り行われ、無事、大友は西軍に加わった。

「長束!」
「! は、はい、何でしょうか、宗麟殿」
「ふふ、僕には分かりますよ」
「?」
「…愛には、正直に」
「な…」
「悩む必要はありません、愛せば、相手も応えてくれます。そう、僕とザビー様のように!」
「………………はい、ありがとうございます、宗麟殿。それでは、また」

ぺこりと頭を下げて大友領から離れる。
気遣わしげに、ずっと後ろに控えていた鳳に背へ手を添えられる。
大丈夫だとそれを辞せば、ニヤニヤと笑いながらこっちを見ている行長に気づいた。

「…何だよ」
「いやー…核心突かれて苦々しげにしとる正家がなぁ…ひゃはは」
「うるさい」
「侮れんやろ? 宗麟様も」
「…そうだな」

居心地が悪くなり、行長から目を反らす。
馬に跨り、来た道を戻る。
…知ってるよ、自分が、どうするべきか道を見失っていることなんて。
三成が好きだ、大切だ。
だからこそ、東軍との戦なんて起こしたくない。
時勢を見れば、どちらが有利かなぞ清正や正則でも分かる。
このまま行けば、負ける。
雑賀も家康に取られた。
戦を避けたい。
でも俺の願いとは裏腹に将が集い寄り、準備は着々と進む。
…三成を好きだ、と言えば戦は起こらないのか?
俺のために、三成が戦を止めて和平でも何でも、家康と結ぶか?
三成が、俺の思いに応えてくれるか?
──否、だな。
そんなこと、ありえない。
愛だの何だので片付けられる領域ではない。
……俺はまず、ザビー教には馴染めないな。
そこまで考えが至り、苦笑を零す。

「正家様」
「…ん、どうした? 鳳」
「正家様方が豊後に到着なさる前に、吉継様より文が」
「ありがとう。…何だろうな……」

手渡された文を開いて見る。
簡潔で実に短いその文脈。
前略すら書かれていないそれに、笑みが浮かぶ。
…長い仲だから出来ることだな。

「行長ー」
「なん?」
「道中、金吾んとこ寄って西軍参加を承諾させて来い、だって」
「…いややわー、紀之介ちゃんは人使いが荒すぎる!」
「まあまあ。ついでだし」
「…分かっとりますぅ」

渋々頷く行長が進路を変えた。
それに倣い、俺も手綱をぐいと引いた。
金吾か、最近会ってないな。
変わらないだろう性格に苦笑し、速度を上げた。

* * *

「何しに来たの? 正家くん、行長くん? ぼくに用事?」
「やーなー、我らが吉継がおまんを西軍に参加させよ、ってなぁ」
「…い、嫌だよ、僕、……東軍に参加するんだから!」
「……何だって?」

烏城についてすぐ金吾に会った。
金吾の様子は、想像していたものよりも遥かに強気に見えた。
普段はびくびくしてるというのに。
まあ…いつも顔を合わす度に三成と吉継に苛められているからしょうがないかもしれないけど…。
これは、何かある。
出来るだけ穏便にいきたいんだが…そう考えていた矢先に先ほどの金吾の言葉。

「東軍に参加する…だと?」
「そうだよ! ほら、これ、家康さんからの手紙! ぼくに仲間になってほしいんだってさ。認めてくれたんだよ、ぼくのことを…っあ!」
「……………ああ、随分と美辞麗句がつらつらと…」
「…正家くん? ……っああ!? な、何で破る…の……」

ぱっと金吾の手からその手紙を奪い、散り散りに破く。
それを見て悲鳴を上げる金吾。
文句を言おうと俺を見た金吾の言葉尻は弱く消えていった。

「鳳」
「は」
「ああ! こ、凍らせちゃうなんて!」
「…金吾」
「ひぃ!!」
「さっきのは冗談だろう? 東軍に降るなど」
「〜〜〜冗談なんかじゃ、うわぁ! し、忍さん、やめてぇぇ!」
「わざわざ吉継が俺と行長にお前を訪れさせた理由が分からないか? 三成が力尽くに西軍参加を認めさせてもいいが…お前の意志で認めさせるためだ」
「ひ…ッ、ぁ、」
「……正家チャーン、それじゃあ三成の『力尽く』と変わらんよー」

鳳に首もとを取られ、ぶるぶると震えだす金吾。
にこりと、怖がらせないように笑うのに金吾は怯えたように声をあげるだけ。
…そんなに俺の笑顔は酷いものかな。
ふむ、と腕を組んで首を傾げると更に金吾が涙目になった。

「こ、殺さないでぇ!」
「…え?」
「正家…無意識なんかどうか知らんけど…顔、半兵衛様が怒った時みたいになっとるで」
「……そうかな」
「正家様」
「あ…ああ、離してやってくれ」

ごく自然に受け入れていた、その鳳の行動をやめさせる。
俺は命じていないし…鳳の判断だったのだろうか。
鳳の苦無から解放された金吾はへなへなと力が抜けたように座り込んだ。

「悪かった、金吾。怪我、してないか?」
「し…してないよ」
「それなら良かったが…金吾、西軍に入ってくれるよな?」
「……ぼく、やだよ! 三成くんはぶつし、刑部さんは虐めるし…っ」
「金吾、大人しゅう儂らの話聞いとき。また正家に怒られても知らんで」
「俺は怒ってないぞ、行長」
「………ウン。せやから、早よ決断しぃや」

困ったように笑った行長を疑問に思いつつも、地面に座り込んだ金吾と視線を合わせるため屈む。
おろおろと泳ぐ目は、次第にゆっくりと俺を見つめるようになる。

「お前は秀吉さまのご親族だろう、家康が憎くはないのか?」
「……憎くないよ、だってぼくは、政が苦手で…秀吉様と顔を合わせることなんて少なかったんだから」
「…家康につくということは、俺たちと敵対するということだ」
「……………」
「………はあ、」
「ッ!! お、お、怒らないで!」
「怒ってない。なあ、金吾、俺たちはお前の力が必要なんだ。それは分かってくれる?」
「…三成くんや刑部さんはぼくなんかを必要としてないよ」
「俺が必要としてるんだ。生憎、俺は豊臣内で弱い立場にあるんだ。…理由は分かるな?」
「……半兵衛様、の…」
「そう。だから、味方が欲しいんだ。俺の味方になってくれない?」

優しく、なるべく下手に出るよう言葉を選んで話せば金吾はその気になってくる。
悩んでいる素振りを見せ始め、きょろきょろと誰かを探すような仕草をする。
そんな金吾に俺と行長は顔を合わせ首を傾げる。

「天海さま…天海さまー? いないの?」
「私はここですよ」
「っふぎゃあ!」
「…っ」
「もう! 天海さま! 気配消さないでっていつも言ってるよね、ぼく!」
「ああ…すみません。知らない方々がいらっしゃったので…つい…」
「…金吾、そちらは?」

急に現れたその男に、反射的に右手が刀に触れた。
…気づかなかった。
俺だけじゃない、行長も鳳もこの男の気配に気づけなかった。
僧のような服装をしているが…ただの僧ではない。
鳳も隠してはいるが、苦無を構えている。
行長の表情も固い。
…この男は、一体……。

「あのね、この人は天海さまでね、お坊さんなんだ!」
「天海…」
「…なー、おまん、どの宗派や? 僧ゆうんなら必ずどこぞの門下なはずやろ?」
「浄土宗ですよ…そう、南無阿弥陀仏、のね…クク」
「…」
「いつ、どこで会った? 小早川家が僧を雇っているというのは聞いてないが」
「んー…雨の日、だったような…」

そのはっきりしない答えに行長が顔をしかめる。
怪しい。
この僧はどこか…そう、誰かに似てる。
ずっと昔、会ったことのある、誰か。
それが思い出せずに、記憶をひっくり返して探してみるが分からない。
鳳が警戒を解いていないところを見ると…信用してはならない相手、ということは分かる。

「…そう、ですね……ここは東軍に参加なさったらどうでしょう」
「て、天海さまッ! ゆ、行長くんや正家くんの前でそんなこと…っ」
「徳川家康…かのお方は慈悲深い方だと聞き及んでおります。凶王がいる西軍よりよっぽど…、おや」
「天海殿…あなたの意見は聞いてない」
「これはこれは…一介の僧が一端な口を…お許しください」
「…正家くん…? どうしちゃったの? ずっと前と様子が…」
「金吾」
「ヒッ」
「自分で決めろ…俺たちか、家康か…」

東軍を推す天海殿を視線で黙らせ金吾に迫る。
なぜ、なぜ東軍なんだ、なぜみな家康を選ぶ…!
世の者の視線はみな家康に向いている…吉継も、三成も!
悔しさか憎らしさか、歯を噛み締める。

「正家、正家く…」
「……………っ、わ、悪い金吾…家康に関しては、自分が抑えられない…」
「…家康さんが好きなの?」
「何でそうなる! 大嫌いなんだよ!」
「いやー、でも今の言い方は好きみたいな感じやったで」
「行長!!」
「おー、こわ」
「……正家くん」
「あぁ!?」
「ヒイイ!」
「あ、…すまん」
「…ううん…ぼく、……うう…わかった、西軍に入るよ…」
「! 本当か!」
「…うん…正家くんを…怖くしたのは家康さんでしょう……? 三成君も刑部さんも怖いけど…東軍は、家康さんしか知っている人いないし…」

金吾の言葉に固まる。
…怖い? 俺が?
金吾にそんなことを言われたことがなく思考が回らない。
なぜ、と行長に視線を向けるが不自然に顔を反らされた。

「…ぼくは、味方でいてくれる正家くんが好きだったから…ううん…嫌いでもあったんだ」
「…金吾?」
「だって君は、ぼくに無いものを持ってた。半兵衛様には怒られないし、秀吉様に呆れられたことだってないでしょう」
「…」
「だから…でも…うう…もうお二人ともいないから…決めなきゃいけなくて……それならぼくは、西軍に…ああでも…どうしよう天海様!」

半泣きになりながら金吾が助けを求めた僧は空を仰いだ。
俺より背の高い僧の表情は見えない。
ただ、その肩は小さく震えているように見える

「ええ、ええ! 金吾さん、その通りですよ! あなたは自分で行く先を決めなくてはならない!」
「決められないから天海様も一緒に考えてよ!」
「いえ、先ほど私は長束様からお叱りを受けたばかり。それに一介の僧が一国の主に献策なんて…フフフ…」
「……」
「ただ、フフ、私から言えることがあるとすれば、金吾さんは慣れた環境に身を置くべきかと」
「…三成くんたちを選ぶべき?」
「さあ…どう解釈するかは金吾さん次第です」
「ううー…。………うん、分かったよ正家くん、僕、家康さんのところに行くのはやめるよ」

目を泳がせながら、それでも金吾ははっきりと言葉にした。
視線が交わらないことに不安を抱えつつっも、金吾から西軍に降る文を受け取り俺たちは烏城を後にした。

浸みる毒

「俺…怖かった?」
「ん、怒った半兵衛様みたいやった」
「…」
「まあ…半兵衛様そっくりに育ってもーたんやろな」
「……………」
「それと…」
「…?」
「三成が大好きやから、徳川サンが『大嫌い』やから、必死なんやろね」
「……行長、それは…」
「正家、おまんは誰よりも人やねぇ…」
「…なんだ、それ…お前だって人だろ」
「なんや、気ぃ悪くしたん? それなら謝るけんど、悪いこととちゃうやろ。俗世から離れてもうた三成の分まで人間でいたり」
「俺は…別に、」
「儂はそんな可愛い正家が好きやで!」
「な…ま、真面目な話してたんじゃないのかよ!」
「わっはっは」

変わられた、確かにそうだ。
主の後ろを歩く忍、鳳はふと考えた。
それがどうも、良い方向でないことに、鳳は気づいていた。
以前は、あれほど鋭い視線をしていなかった。
身が竦むような殺気に充てられ、ついあの金吾という男に苦無を当ててしまっていたが…。

──…正家様。
鳳は祈る。
どうか、あなたは、あなただけは陽の中の存在であれ。
みなが笑顔であった、あの頃のままであれ。
目を強く瞑り、信じてもいない仏に祈りし願いは、果たして。





「フ、フフ…ああ…信長公…見ていてください、また、私の手で悲劇を生み出しますよ…フフフ…フフフフフフフフ…」

×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -