指先 | ナノ
「よいな三成、この戦に勝つには雑賀衆の力が必要よ」
「なぜだ…豊臣以外の力を欲するなど、秀吉様への冒涜だ」
「せやったら、こう言えば三成も燃えるんとちゃう? 『徳川サンも雑賀を狙っとる』て」
「何…?」
「三成は敵に塩を送ってやるような性ではないだろ」
「家康…貴様には何一つ渡さない。なぜなら貴様は、私のすべてを奪った…!」

雑賀衆、あいつらは一度、秀吉様を裏切った。
傘下に加えて下さろうとした秀吉様の誘いに応じなかったのだ。
そう考えればあの者共も裏切り者、つまり斬滅すべき者。
それを、刑部、正家も行長も、仲間に加えるべきだと言う。
何故だ、と問えば家康の名が返ってきた。
…家康も、雑賀を手に入れようとしている。
あの男が雑賀を己の力にせんと狙っている。
……私の全てを奪った男が、だ。
認められるはずもない。
私から奪ったくせに、あの男はまた新たに手に入れようとしているのだ。
…気は乗らないが、あの男に良い思いをさせるわけにはいかない。

「…三成」
「何だ」

何やら悲しげな声にそちらを向けば、やはり悲しげな顔をしている正家。
眉間に皺を寄せ、真っ直ぐに私を見上げる。
そして、一瞬悩むような素振りを見せ、口を開いた。

「全て、なんて言うなよ」
「…?」
「三成は全て奪われてなどいやしない。命だって未来だって心だって、…俺らも、ここに、あるよ」
「、……」
「俺らが秀吉さまと同じような存在になれるとは思わない…それでも、俺たちは三成の傍にいる」
「…当たり前だ、貴様らは私を裏切らない」

ぎゅ、と強く手を握られ、縋るように見つめられるのは、──悪くない。
こいつは、正家は、私がすべてを失ったと言ったことが気に食わなかったらしい。
……言葉を交わすのを久しく感じるのは気のせいではないだろう。
実際、私は秀吉様を亡くした後のあの戦以来、こいつらと顔を合わせていないのだ。
私は大将として、正家らは豊臣軍幹部として戦準備を進めていた。
秀吉様ご健在のあの頃のようにはいかない、そんなこと、分かりきっていることではないか。

「…やれ、そうも手放しで信用されてしまえば、裏切りなど出来ぬな」
「何を言う、刑部。裏切りは許さない、貴様とて斬滅する」
「ヒヒッ、それは怖いコワイ」
「今更裏切りなんてせーへん。儂らを信じぃや、三成」
「私は最初から貴様らを信じていると言っている!」
「ふはははっ」
「……あははっ」
「正家…?」
「はは…うん…。……三成、必ず、復讐…果たそうな」

憂えを携えた目に私を映し、正家は儚く笑う。
澄んでいる、夕焼け色の目に映る私は酷く、何かを恐れる顔をしている。
…違う、私は何も恐ろしくなどない。
家康を殺す──これこそが、私に残された道なのだから。

「…言われずとも、家康の首は私が穫る」
「……うん。それじゃあ、俺は雑賀への文を書いてくるよ。一度あいつらを雇ったんだ、コツは掴んでる」
「忍に届けさせよ。明後日には雑賀へ向かう」
「りょーかい。三成は? 俺が書くってことでいい?」
「どうでもいい、貴様の好きにしろ」
「はいよ」

私を見て笑んだ正家。
…光の婆娑羅が強まったのだろうか、こいつの発する光は以前より一層明るくなった。
私が傷つけた右腕には未だに布が巻き付けられていて、うっすらと黒ずんだ血が滲んでいる。
己を傷つけた者に、それでも正家は笑いかける。
信じても、良い。
信じても良いのだと、私を諭してくれる。

「……痛むか」
「え?」
「右腕だ」
「…ああ。最近はよくなってきていてね、もうすっかり平気なんだ。…と言っても、刀を振ることは許されていないんだけど」
「…ならば、良い」

私の言葉にまた笑みを浮かべ、正家は忍をつれ部屋から出て行く。
家康に対抗すると決めたあの日から、正家と共にする時間が減ったように思われる。
正家は財政や外交面で動いている。
大将である私と話す機会は自然と少なくなる。
………私は、こんなことを望んだのだろうか。

「三成、雑賀との契約、そして雑賀と戦になった場合の話をする。よう聞きやれ」
「……………分かった」
「ヒヒヒ…素直なのは良いことよ」
「んじゃあ、まずは雑賀孫市について説明するで」

未来などいらない。
私はただ、秀吉様より賜りしご恩に報いるのみ。
だが、何故だ?
正家と、刑部、行長と、共に生きる明日を思い描いてしまうのは。

* * *

「急ぐぞ刑部、正家! 家康の好きにさせてたまるものか!」
「あいわかった、進め、進め」
「…やはりありました」
「そうか……どちらに拓けている?」
「東です」
「……………俺たちはそちらを塞ごうか」
「何をコソコソと話している、正家! 早く来い!」
「いや、三成、俺らには違う方向から進軍させてくれないか」
「何か気になることがあるようよな、正家」
「うん、少しね」

やはりそうだ。
雑賀の本陣裏には退避のための小さな道がある。
その道は東──つまりは、尾張や三河へと通じている。
もし俺らが雑賀との契約を仕損じてしまった場合、雑賀は容易に家康のもとへと逃げ込めてしまう。
…雑賀が東軍へ参陣するのは避けたい。
雑賀を動かすものは才能と評価…撤退を阻止し、能力に対する報賞を示せば雇うことが出来るだろう。

「…傷を負うことは許さない」
「大丈夫だいじょーぶ! ちょっとした保険だよ、雑賀との契約のね」
「油断が命取りになる、決して軽い覚悟で挑むでない、正家。ぬしが死んではわれの手間が増える」
「へいへい。…もとより覚悟なんて、ずっと前から固めてる」

そうだ、覚悟なんてとうの昔に固めた。
この覚悟が緩まるのは、きっと、それこそ死ぬ間際くらいだろう。
何があっても三成と同じ道を歩むと決めた。
その覚悟が揺らぐことは、たとえ死に臨むこととなってもないだろう。

「それじゃあ、俺は行くよ」
「待て」
「? 三成…?」
「…嫌な予感がする。くれぐれも気をつけろ」
「……ああ、分かった」

眉を顰め、そう言葉を発する三成に笑顔を返し、道を外れ森に入る。
鬱蒼と繁る木々に陽に光が遮られ、宵闇のような中を進む。
忍衆に探らせて見つけた、雑賀本陣の背後を奇襲し得る道。
獣道にすらなっていない、人が踏み入らざる場所を少人数で歩く。

「将は慣れぬ道だな…しかし、忍は好みそうだ」
「当たり前でしょう、忍が得意とするは森なのですから。…もちろん、この森に我が軍の忍以外の者は存在していません」
「それならば良かった」

俺の言わんとしていることを察する鳳は本当に良い忍だ。
これほどの忍を雇えたのは幸運だったと思う。
このままの流れで雑賀とも契約を結べれば良いのだけど…。
何だか、嫌な予感がする。
こういった悪い勘だけはよく当たるんだよな…。

「…っ正家様」
「ん。何?」
「徳川家康の気配がいたします」
「! どこから」
「雑賀本陣より」
「急ごう!」

森より下方にある雑賀の地から悲鳴が聞こえてきて、…ああ、三成が暴れているのだな、と苦笑が浮かぶ。
己が戦場にいることを忘れかけたその一瞬に、詰まった鳳の声に呼ばれ我に返る。
その内容に、悠長に歩いているわけにはいかなくなった。
──家康が、いる。
鳳に告げられた事実に心が揺れる。
まさか、同日に契約へと来るだなんて、誰が予想出来ようか。
鳳が気配を取り違えることはまずない。
…家康はいるのだ、この地に。
しかも本陣にいるということは、契約に関して先んじられてしまったも同然。
家康は人を惹きつける大らかな陽であり、世の趨勢に乗っている。
雑賀がそんなことで家康につくとは思えない、思えないが…。

「見えてきました!」
「…っ、家康……!」

雑賀孫市と向かい合い、何やら話している家康。
雑賀本陣裏へと回り込み、崖を下ろうとした瞬間に響く鐘の音。
心の臓が嫌に音を立てている。
武器を天に掲げ、高々と朗々と契約の文句を叫ぶ雑賀孫市。

「………くそッ!!」
「正家様!」
「何、……っ三成!?」

雑賀本陣に辿り着いたらしい三成。
家康の姿を認めた途端に斬りつけようと踏み込んだ。
突っ込んできた三成に対し弾を放った雑賀。
契約主である家康を逃がそうと三成の足止めを買って出る。
家康がこの場を離れようと三成に背を向け――俺の真下を通り抜けようとする。
それを見てほぼ反射的に崖を駆け下りる。

「な…、正家!?」
「…家康……、久しいな、随分と!」

道を塞ぐように兵と忍が一列に並ぶ。
家康とあの日のように相対する。
目に映る光景があの日と被る。
家康の足元に倒れている秀吉さま、血に濡れた家康の拳、激しい雨。
脳に焼き付いた残像を振り払うように頭を左右に振る。
今はただ、目の前の仇敵に集中しろ。

「正家!!」

雑賀孫市に足止めされている三成に叫ぶようにして名を呼ばれる。
ああ、大丈夫だよ、三成。
むざむざ通してやることはしない。
命を張ってでも俺らの仇敵をここで留まらせてみせるから。

「…正家、そこを通してくれないか」
「そんな訳にいかないなんてこと、お前が一番知ってるだろ」
「……………お前に攻撃したくない!」
「よく言う…、俺らから未来を奪っておいて……!」
「お前たちにも未来はある! ただ目を反らしているだけだ!」
「黙れ……っ、あの三成を見てまだそんなことを!」

鞘から刀を抜き、真っ直ぐ家康に向ける。
切っ先に家康の首がある。
この首を取れば、この男を殺せば、三成にもまた安んじて眠れる夜がくる。
苦しむ三成を見ずに済む。
この男、家康を殺せば、全てがまた昔のように。

「……三成は気づいていないだけだ」
「…お前に何が分かる」
「ワシだから分かる。三成には、まだ尊い絆がある!」
「……………何を…何を言うかと思えば…」
「…」
「三成は最も大切な人を失った!! その手に何が残ろうと、失ったものの重さは補えないッ!!!」

叫ぶと同時に思い切り踏み込んだ。
構えていなかった家康の首を断ち切るように下から刀を振り上げる。
こんな、何の変哲もない、ただ真っ直ぐな攻撃を避けられない家康ではない。
恨み辛みをいくら込めようが、易々と避けられた。

「それは違う、正家! 絆による悲しみは絆が癒すんだ!」
「口を開けば絆絆と嘯くお前には分かるまい! お前は大きすぎる存在を失ったことはあるか!」
「…っ」
「この痛みも分からないくせにデカい口叩くな!!」

叫びながら家康を斬りつけていく。
知らないくせに、分からないくせに、絆を語るか、乱世の陽よ。
絆が断ち切れた時の痛みほど苦しいものはない。
その痛みをもう二度と味わいたくないから、新たな絆を紡ぎたがらない。
一番大切な、己を形づくる絆を人の手によって打ち砕かれたのならば、深い悲しみに、
暗い憎しみに沈むのは仕方がないことだ。
特に、壊した者が信頼し認めていたのならば尚更だ。
お前にはきっと、生涯分からないことさ、家康。

「………………力尽くでいくぞ」
「な…」
「正家様!」

今まで突っ立っていただけだった家康が拳を握り、腕を引いた。
俺がここで立ち塞がっている間は足止め出来ると思っていた。
まさか、家康が俺を攻撃するはずがない。
かつて仲間として過ごした時間は確かにあったのだ。
家康だって、俺に懐いていた。
俺に本気で攻撃してくるはずは、ない。
そんなことを考えているといつの間にか目の前に迫っている家康。
拙い、やられる──。
動けずにいるとグイと体が引かれ、地に倒れた。

「ぐあああぁぁっ」
「鳳!? お前、俺を庇って…!?」
「…さすが、忍だな。瞬時にワシを足止めするとは」
「……あ…」

倒れた俺に覆い被さるようにして気を失っている鳳。
家康の言葉に、家康の足元を見てみると氷によって足の動きを遮られている。
氷…鳳の婆娑羅の力だ。
俺を守るために自ら盾となり更に家康の動きを遮るなんて。
…馬鹿だ、俺は。
現実を見据えているつもりが、実際は全く見えていなかった。
鳳が体を張って気づかせてくれなかったならば、きっと、気づかずに家康に殺されていた。
家康はもう、敵なのだ。
過去も何もない、ただ道を塞ぐ仇敵なんだ。
俺は馬鹿だ……っ!
過去に囚われ三成や吉継を危険な目に合わせるところだった…!

「……麒麟、鳳を頼む」
「……………。は、正家様、お気をつけて」

鳳の体をそっと起こし控えていた麒麟に預ける。
俺を庇い、家康の拳をもろに受けた腕は腫れ上がり、本来ならば曲がらない方向にねじ曲がっていた。
…ごめんな、ありがとう、鳳。
覚悟を決めて立ち上がる。
家康を討つという覚悟を。

「……家康、」
「……………」
「俺はお前を許さない」
「……そうだろうな。しかし、それでいい」
「…」

にこりと笑った家康。
……敵だ、この男は敵だ。
笑顔に惑わされるな。
頭を強く振りかぶって地を蹴る。
鳳の婆娑羅によって足を固められている家康に向かって真っ直ぐ刀を振り下ろす。
笑みを翳らせた家康は腕を振り上げ、地を見据えた。
──この技は。
覚えのあるその独特の構えに退こうにももう体は宙に浮いている。
勢いよく殴りつけられ割れる大地、巻き起こる爆風。無防備にそれを受けた体は高く吹き上げられる。
刀を持つ右腕がズキリと痛んだ。
くそ、なんだってこんな時に。
再び開いてしまったのであろう傷口を庇うように着地する。

「右腕を庇っているな?」
「…っ!」

舞い上がっていた砂煙が晴れると共に突如として視界の右隅に現れた家康。
その拳は真っ直ぐに俺の利き腕――右腕を狙う。
咄嗟に上体を捻り家康の攻撃を左腕で受ける。

「っうぁ゛……ッ」

ごぎり、嫌な音が左腕から鳴る。
殴り飛ばされ、地面に強く叩きつけられた。
左腕の感覚がない。
ああ…本気で殴られたのか。
目頭が熱く痛むが強く目を瞑ることで流れようとしたものを押し留める。
俺から遠ざかっていく足音に、顔を上げれば俺の兵、忍たちに近寄っていく家康が辛うじて見えた。
兵、忍たちは臨戦態勢を取る。
それを見て家康は再び拳を握った。

「やめ…やめろ、家康! お前たちも逃げろ……っ、殺されるぞ!」

痛む右腕で体を無理矢理起こして家康に向かって走る。
俺でさえどうにもならない家康を兵たちが抑えられるわけがない。
逃げろと叫んで、今度は斬り上げるように刀を奮う。

「正家…っ、もうお前は動けないはずだ! 無理をするな!!」
「お前が俺の兵を狙う、三成を吉継を、俺の大切な人にその拳を振るう…命を張らなきゃ何も救えないだろ!」
「正家………!」
「うるせ、……っぐ、が………!?」

喚きながら家康を何度も斬りつける。
しかし既にボロボロの体は隙を作る。
一瞬出来た隙を家康は見逃さない。
一撃の、強すぎる拳が土手っ腹にめり込む。
ぐらぐら、ちかちか。
頭が揺れ視界が光り、意識が遠くなる。

「──……………っ正家、三成…お前らほど絆を重んじる者は他にいない…。だからこそ縛られず、先に進んで欲しかった……」

先、縛られず、など。
奪ったお前がそれを口にするか。
去っていく足音を耳にしながら瞼は重く落ちていった。

* * *

正家と別れ雑賀陣中を進んでいる時だった。
がらんがらん、と大きな鐘の音が鳴り響く。

「これは契約の赤い鐘。ということは、まさか…」
「…っ」

正家が私たちが本陣に着く前に契約を結ぶわけがない。
考えられるとすれば、…家康だ。
家康が、秀吉様を亡き者にした男がここに…!
私から全てを奪った男に、私はまた奪われるのか!
本陣に向け駆ける。
拓けた場所にいたのは雑賀孫市と、私の仇である、

「家……康ッ!!」
「三…成…ッ! やはりお前も…雑賀衆を…!」
「雑賀衆…? 今となってはどうでもいい…家康! 貴様を! ここで、殺す…ッ! …だがッ!! なぜ邪魔をする…雑賀、孫市ッ!」
「ここは我らの地だ、勝手な真似は認めない」

家康を目にし、自然と体が動く。
斬りつけるがその攻撃を受け止められ、火花が散る。
家康が映る視界の隅に、こちらに銃口を向ける雑賀が映った。
家康から離れ、刀身を盾にしそれを防いだ。
それに苛立ち、雑賀に言及するも軽くいなされる。
私が家康から距離をおくと、雑賀は家康に何か耳打ちする。
…まさか、家康を逃がすつもりか!
そうはさせまいと身を乗り出す。
家康は既に雑賀本陣裏手に走り出している。

「家康、逃げるのか!!」

ちらとこちらを振り返った家康。
逃げられる────。
そう諦めかけたとき、予想もしなかった場所からあいつが現れた。

「な、正家!?」
「…家康……、久しいな、随分と!!」
「………我らに奇襲をしかけるとは…ふふ、大した男だな、正家は」

この場から去ろうとした家康の前に立ちはだかったのは正家だった。
雑賀本陣の裏側から奇襲をしかけるような位置に現れた正家を見、雑賀孫市は言った。
正家は、こうなることを予想していたのだろうか。
家康がこの場に既にいたことを、家康に契約を先んじられるということを。

「正家に助けられはしたが…あれは徳川と張り合えるほどの腕を持ち合わせてはおらぬぞ、三成」
「分かっている!! 雑賀孫市、そこを退け! 家康に与するつもりかッ!!」
「先程も言った通り、我々は己の地を守るのみ」

雑賀の攻撃を避け正家と家康に目を移す。
顔を青くし家康に対峙する正家。
構えるどころかその表情には恐怖さえ浮かんでいる。
正家が家康と対等に戦えるわけがない。
家康に、殺されてしまうかもしれない。

「正家!」

名を叫ぶ。
正家は瞬時に私に視線をよこす。
私に呼ばれたことをどう解釈したのか、正家はにこりと笑みを見せた。
そしてそのまま視線を家康に戻し刀を抜いた。
違う、正家、戦うな。
貴様が家康に適うはずがないのだ。
私は貴様を失うわけにはいかない。
貴様は、私の、私に唯一残った───。

「我らを相手にして、余所事を考えるか」
「! っく…!」

目の前にまで迫っていた弾丸を寸でのところで防ぐ。
段々と苛立ちが募る。
私は一刻も早くあいつのもとへと行きたいのだ。
正家を下げらせ、家康を殺す。
何故皆、家康への道に、私の望みに、立ちはだかる。
何故皆、家康を守るように、私から望みを奪うように、壁となる。
私はただ、秀吉様のお側にお仕えできれば良かったのだ。
ただ、刑部、正家と共にずっと、一緒にいられれば良かったのだ。
それなのに。

「三成、急ぎやれ」
「そう言うのならば貴様も本気を出せ!」
「正家の忍がやられた」
「…っ」

早く、早くせねば。
気が急くばかりで頭が回らない。
鉄砲相手の戦い方、確かに半兵衛様よりご教授頂いたというのに。
間を詰められず、刑部の数珠の攻撃により出来た隙を攻めることしか出来ない。

「……そろそろ、頃合いのようだ」
「…? 貴様、何を…」
「三成!」
「!」

詰まった刑部の声に、すぐさま正家に視線を向けた。
視線の先では、正家がゆっくりと、膝から倒れていった。
地に伏した正家の前に立つのは憎きあの男の姿。
家康は何かを言っているらしい、だが、何も聞こえない。
怒りなのか憎しみなのか理解出来ない感情で手先が冷える。
──殺され、た?
私にたった一つ残った光が…またしても、私を絶望へ突き落とした、あの疫病神によって……!!

「家康…、……家康ぅぅぅぅぅぅ!!!!」
「頭に血が上った獣ほど扱いやすいものはないぞ、石田」
「な…、……ッ!」
「雑賀孫市……賢しき女め…」

家康を追おうとした途端に戦場が煙で覆われた。
遠ざかっていく足音に、撒かれたと瞬時に気がつく。
雑賀孫市は煙幕で私たちの視覚を利かなくさせ、家康と共に戦場から姿を消した。
煙幕が晴れてすぐ、正家に駆け寄る。

「正家! 正家ッ!」
「…右腕の傷に加え、左腕は骨が見事に折られておる。疾く手当てをせねば…」
「早く戻るぞ、刑部! 早く、早く正家を……!」
「やれ、落ち着け、三成。忍を使いに出した、城に残った行長、直吉が急ぎ用意をし始めるはず。今はまず右腕の止血、左腕を冷やし固定、応急処置をする必要がある」
「………ああ、分かった」

清潔な布を手渡され、それで正家の右腕をきつく縛る。
…私がつけた傷、だ。
その事実に目を瞑り、私は正家を抱きしめる。戦に出ずとも良い。
貴様はただ、私の傍にいてくれ、正家…。

手繰り寄せ 断ち切る様は 彼の神ぞ


「……っつ、」
「…目が覚めたか」
「………みつ、なり」
「痛むか」
「…?」
「……腕だ」
「ん……左腕、熱い…」
「そうか…」

薄暗闇の部屋の中。
痛みに目を覚ますと三成の声がかかった。
そっと腕を撫でられ、心地よさに頬が緩む。
三成の顔を見てみれば、暗くてあまりよく見えないが、それでも優しい顔つきをしているのが分かる。

「…どうしたの、三成。何か…良いことでも……?」
「……貴様が、目を覚ました」
「…ふふ、それだけ?」
「………久方ぶり、だからな」
「…?」
「こうして二人で過ごすのは、久しいだろう」
「……………ああ、そうかも」
「…」
「……」
「…すまなかった」
「三成…?」
「私はまた、貴様を傷つけた」
「…これは家康にやられたんだ、三成が気にすることじゃないよ」
「すぐに助太刀に行けなかった」
「………ばぁか」
「! な、何だと! 私は貴様を、」
「三成は家康を目指してればいいんだよ。俺のことは気にするな」
「………………貴様の方が馬鹿だ」
「……何でさ」
「正家、刑部、行長…貴様らがいてこその豊臣だ。豊臣が再び立ち上がるのに貴様らがいなければ意味がない」
「…! ……ありがと、三成」
「……………ふん」
「…ごめんな」
「? 何がだ」
「家康を攻撃するのに躊躇った」
「……………」
「次は…次があれば……」
「いい」
「え」
「貴様はそれでいい」
「………うん。ありがと、三成」
「…ああ」

優しい顔のまま微笑んだ三成に笑みを返す。
柔らかな空気に吐く息も甘い。
…今、だけは。
悲しいことも恨めしいことも苦しいことも。
全てを忘れて三成とのこの時だけを考えさせて。

明日からはまた、戦いに身を任せる日々に。

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