指先 | ナノ

「うーん…迷った……」

政務のため自室に籠もっておられる秀吉さまに、茶を持って行くよう頼まれたのがついさっき。
早速迷ってしまった。
この城にきてから三日。未だに造りを覚えられていない。
さてどうするか。
早くしなければ茶が冷めてしまう。
オロオロと廊下に突っ立っていると、後ろから声をかけられた。

「おい」
「! はい!」
「お前、最近入ってきた小姓の長束新三郎だよな」
「はい。良かったです、俺、迷ってしまって。茶を秀吉さまに届けなければならないのですが…」
「やはり迷ってたのか。…それにしても、入城してまだ三日の小姓が秀吉様に茶を届けるとは…。秀吉様は相当お前を気に入っているようだな」

声をかけられて後ろを振り返ると数人の、俺より年上だろう人たち。
服装からして、小姓や小者あたりだろうか。身分はそれ程高くはなさそうだ。
囲むように俺の周りに集まってきた。

「秀吉さまが俺のことを? …そんなことはないと思いますよ。秀吉さま直々に取り立てていただいたといっても交わした言葉は二言三言なんです」
「それじゃ…半兵衛様が?」
「それもどうでしょう。あの場に半兵衛様はいらっしゃらなかったので」

茶が冷めてしまわないか、心配しながら紡ぐ。
こんなところで時間を食いたくないのだけれど。

「……美少年、っつうわけでもねえのにな…。腹立つぜ」
「特に秀でた才能があるようにも見えねえしな」
「床上手なんじゃねえか?」
「あの秀吉様がこんなガキの色仕掛けに引っかかったっつうのか?」
「…あの、秀吉さまのもとに茶を……」
「…まあいい。この生意気なガキには洗礼を受けてもらうか」
「はは、そうだな」

ジリジリと近づいてくる男たちに、後ろにもコイツらの仲間が居るのを忘れて後ずさる。
あ、と思ったときには羽交い締めにされていた。
両手に持っていた盆を落としてしまった。
ガチャン、と音を立てて湯呑みが割れた。

「痛ッ! 離してください!」
「顔じゃねえとこ殴れな」
「分かってるって」

ゴス、と腹から嫌な音が聞こえた。
ウ、と腹から戻ってきそうになったものを寸でのところで耐える。
どうしよう、茶を持って行けと言われていたのに。
下仕えのばばちゃんに怒られてしまう。

「君たち、何をしているのかな」

どうしようかと考えていると、昨日聞いた、凛と澄んだ声が聞こえた。
途端に攻撃の手が止む。
俺を捕らえていた腕が離れた。

「は、半兵衛様…」
「……そうだね、新三郎くんが重用されてる様子を嫉んだ、といったところかな?」
「ち…違います! こいつが、私たちを嘲笑いまして…!」
「君たちには即刻城から出て行ってもらう。…いや、いくら小姓といえど、城内の情報を知っているんだ。やすやすと外に出すわけにはいかないか」
「それでは……!」
「ああ。切腹と斬首、どちらか選ばせてあげるよ」

半兵衛さまはその美しい顔に笑みを浮かべ、ゆっくりと俺たちに近づいてきた。
男たちを押し退け、床に跪く僕を優しく起こしてくださった。

「あ、ありがとうございます」
「いいんだよ。……それじゃあ、この者たちを牢へ」

絶句して言葉の出ない男たちが、何処からともなく現れた忍たちにつれていかれた。
そっと上を見上げると半兵衛さまがしかめ面していらっしゃった。

「あーあ。この湯呑み、秀吉のお気に入りだったのに」
「すッ、すみません!」
「新三郎くんの所為じゃないよ。それに、秀吉は湯呑みが割られたからって怒るような器の小さい男ではない。君に大きな怪我がなくて良かったと笑ってくれるはずだ」

ふんわりと、優しく笑って半兵衛さまがおっしゃった。
殴られた箇所を簡単に調べて、異常はないと教えてくださった。
礼を言うと、更に笑われた。

「さて。新三郎くんにはもう一度、秀吉に茶を持っていってもらうよ」
「はい、もちろんです。しかし…」
「部屋まで着けるかどうか心配かい?」
「…はい」
「それじゃあ案内役をつけてあげる。──そこにいるのは分かっているよ。出ておいで」

まるで隠れている忍に言うかのような言葉を半兵衛さまは優しくおっしゃった。
そのちぐはぐさと、誰に向けていったのか分からないのとで、半兵衛さまを凝視する。
彼は廊下の曲がり角を見ていた。

「…すみません、半兵衛様」
「佐吉!」
「君をずっと見ていたようだよ。恐らく、茶を運ぶよう頼まれたときから」
「ずっと…?」
「か、勘違いするな! 私はお前が迷わずに秀吉様のお部屋に辿り着けるかどうか見ていただけだ!」

曲がり角から、佐吉が出てきた。
シュンと俯き、俺と半兵衛さまの方へ寄ってきた。
半兵衛さまが俺におっしゃった言葉に、顔を赤くして言い訳をするが、半兵衛さまへの無礼と感じたのだろう、今度は顔を青くして半兵衛さまに謝っていた。

「ああ、もう、佐吉くん。謝らないでいいから。…でも、何で新三郎くんを助けなかったんだい?」
「あ…。そ、それは……。……………どう対応するか、見定めておりました」
「佐吉くんはまだ新三郎くんが長秀の間者だと思っているのかい? 心配する必要はないよ、この子は、本当に素直な子だ。まず、嘘を上手に吐けるような器用さはない」

半兵衛さまのお言葉に、佐吉は黙った。
暫しの沈黙の後、はにかんで分かりました、と言った。
さ、佐吉が笑った!
きれいだ…!

「佐吉、笑った! きれいだな!」
「な!? …貴様ッ! その愚かしい口を閉ざせ!」
「まあまあ佐吉くん」
「く…っ。……失礼いたします、半兵衛様」

佐吉が逃げるように、半兵衛さまに一礼するとさっさと歩いていってしまった。
俺も慌てて佐吉を追う。
何だか俺はいつも、佐吉の背を追ってばかりだなあと思わされる。
いつかは並んでいられればいい。

端を発する


「俺、佐吉に間者だって思われてたんだねえ」
「……………」
「ねえねえ佐吉、何でさっき笑ったの?」
「……貴様が、」
「俺が?」
「〜〜〜ッ! うるさい! 秀吉様のお部屋までの道のりくらい覚えろ!」
「えー、佐吉、厳しい」
「黙れッ! 茶は持ったな!?」
「はい、持ちました!」
「では行くぞ!(コイツが間者ではなくて良かったと、安心したなんて言える訳がない!)」


×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -