指先 | ナノ
「長束様……、…失脚…、………して…」
「…薩摩……州、…………黒田様、…」
「……左遷………」

「……………お前さんも女中共の丁度良い噂の種にされちまってるのか。世も末だな…」
「まあ致し方ないだろう。大規模な戦があるというのに謹慎を命じられれば人の興味も惹くよ。……そして官兵衛、何故お前がここにいるんだ」
「お前さんを慰めてやろうと思ってな。どうせ話し相手もいまい」
「というのは建前で、本当は先の小田原攻めの恩賞をせびりに来たな」
「お、よく分かったな」
「正家様! お客人の前ですよ、はしたない!」
「あー…分かった、分かった…」

ゴロリと、畳の上に仰向けに横になっていた正家は、忍の嗜めに渋々起き上がった。
胡座をかき、怠そうに頬杖をし小生を見つめてくる。
ブスッとした、不機嫌さを如実に表している顔は以前会った時より痩けたようだ。
…まあ、尊敬していた半兵衛が死んだとあっちゃあ仕方がないか。

「ついでに、大坂での宿場代もケチって俺の城に泊めてもらおうっていう魂胆だな」
「…まさかそこまでバレているとはな。更に天才っぷりに磨きがかかったんじゃないか」
「天才?」
「小田原攻めの後、お前さんはそう呼ばれているんだよ。兵糧二十万石を集めた天才知将、とな」
「ふーん…。まあ、その天才も失脚寸前だけどね」
「盛者必衰とはこのことだな」

クスクスと、自虐的なことを言う割には本当におかしそうに笑う正家。
…自分の地位や職に執着がないこいつらしいと言えばらしいが。
普通ならば機嫌を悪くするんだがな。
潔く、サバサバしているこいつが、小生はやはり好きだ…弟分としてな。

「そういえば、権現はどこだ? お前さんの味方なんだろう」
「家康? 何か用事があるとかなんとか…準備してるらしい」
「準備だと…?」
「ああ」
「……そうか。あと幾つか聞きたいんだが」
「いいよ、時間はあるからね。豊臣の弱み以外は何でも話そう」
「お前さん、何で泣かなんだ?」
「、………」
「半兵衛はお前さんにとって秀吉より大きな存在だったろう」

小生の問いに、小さく動揺を見せて正家は目を伏せた。
まずったか、とその顔を覗き込むと、うっすらと笑みを浮かべていた。
ぞっとして体を離す。
ゆっくりと顔を上げた正家はまだ笑顔を作っていた。

「泣くわけにいかないだろう…?」
「…?」
「秀吉さまも泣いていなかったのだ、俺が泣くわけにはいかなかったんだよ。それに、俺は半兵衛さまに命じられたんだ、悲しくても笑ってくれ、って」

恐ろしい笑みは鳴りを潜め、代わりに正家のいつもの笑顔が浮かんだ。
…笑っていろ、か。
酷な願いだな。
泣きたいのに笑わなけりゃいけない正家の気持ちを考えると、流石の小生でも胸が痛くなる。
痩せた正家、隈ができている正家。
半兵衛の願いがどれほどこいつを苦しめているのか。
…小生には、それを忘れろなどと無責任なことは言えない。
約束通り笑い続けろなどと残酷なことも言えない。
小生は、この愛らしく悲しい弟分に何もしてやれない。

「……………」
「他に聞きたいことがあるんじゃないの?」
「あ、ああ…。…三成たちはお前さんと一緒にいないが……まさか、あいつらまでお前さんを見捨てたわけじゃないんだろう?」
「三成はどうだか分からないけど…吉継や行長は俺の意思を尊重してくれてるんだと思うよ」
「意思?」
「うん。政治的失態ばかりしている俺と親しいとあっちゃぁ、武断派の奴らに吉継たちまで失脚させられちゃうだろ。俺から離れてほしいと思ってた。それを汲んでくれたんだろう。まあ、今更仲悪い体を装っても遅いだろうけどね」
「……考えただけで伝わるのも、長年の仲あってのことだな」
「ふふ。だから、別に吉継たちが俺を見限ったわけじゃないよ」

苦しいだろうに、辛いだろうに、それでも小生に心配させないよう笑顔を作る正家。
…いや、違うか。
半兵衛の願いを忠実に叶えているだけ、か。
なんて痛々しい。
小生より一回り年若いくせして、その胸に宿す覚悟や誇りはあの竜の右目と等しいのではないか。
師の願いを度が過ぎていると言えるほどに健気に叶え、反面で、その願いに苦しめられている。
不器用さの種類こそ違えど、こいつとその想い人は。

「似ているな」
「え?」
「お前さんと三成がだよ」
「……ええ、似てないよ」
「似てるさ。無理にでも…、」
「おわ!?」
「意地を解さなけりゃぶっ倒れるとことかな」

軽く抱きしめ、その背を撫でてやる。
くせえだとか湿っているだとか言って暴れる体を無理やり押さえ込む。
言葉の暴力に屈さずに抱き込んでやると、段々と大人しくなっていった。

「泣いたっていい、惜しんだっていいんだ」
「かんべ、」
「寝れていないんだろう? 隈ができているぞ」
「…寝れるかよ、こんな状況で」
「だから、小生が泣かせてやるし、寝させてやるよ。どうせ、仕事も何もないのだろう」
「……泣かないぞ、俺は泣かない。秀吉さまがお泣きになるまで、半兵衛さまにお許しを頂くまで」
「半兵衛はもう死んでいる。秀吉もそうそう泣く奴じゃあない。泣いちまえ」
「泣かない!」
「…仕方ない、こんな手、使いたくなかったんだがな」
「え? …あっはははははは!!! ひぁっははははっ、ふ、ふは! ふひひひひ……ッ」

正家の背に回していた手を脇に移動させ、くすぐる。
途端に爆笑しだす正家。
やめろ嫌だ、と言っているつもりらしいが、笑ってしまう所為で言葉になっていない。
力の入っていない腕で小生の手を退かそうとしているが、それも出来ない。
大声で笑い、目の縁に涙が溜まる。
小生の手から逃れようとのたうち回るうちに、それは頬へと流れ落ちた。

「ほら見ろ! 泣けただろう!」
「ひゃははは……は? …これは泣いてない! 生理的な涙だ!」
「まだ言うか!」
「ぃやははははふひぁひひひひひ!!」

己の流した涙に気づいた正家は泣いていないと言い張る。
…ああ、そうだったよ、お前さんはどっかの意地っ張りと同じでなかなか譲らないんだったな!
こうなったら正家は何があっても泣こうとはせんだろう。
だがな…小生は可愛い弟分が苦しんでいるのを見て放っておけるほど冷血じゃないんでね。

「はっ……はぁ、ふはっ、あはは…ッ…はー…」
「それならとことん笑い続けろ」
「…は?」
「お前さんが泣きそうになったら小生が笑わせてやる」
「……………官兵衛?」
「らしくないと言いたいのだろう? それは小生が一番よく知ってるよ。だがなあ、小生は、小生に優しい奴の味方なんだよ。小生に小さな幸を呼んでくれる奴には小生も優しくしてやりたいんだ」
「……本当に笑わせてくれるんだな」
「ああ、くすぐってやろう」
「…あはははは! 別に、くすぐってもらわなくたって笑えるよ! 官兵衛と話しているだけで楽しいし」

くすぐる手を止め、小生にしては珍しく真面目な顔で正家に言う。
真っ直ぐに見つめられ、恥ずかしくなってくる。
それを耐え、言葉を続けると、正家はぱっと花が咲くように笑った。
体を離してやり、もう大丈夫かと、その笑顔を見て思った。
豊臣の中に味方がいない?
だったら小生が味方になってやるよ。
正家が良ければ小生の軍に入れてやってもいい。

「ありがとう、官兵衛」
「いんや、お前さんにはいつも助けられているからな」
「だっていつも三成と吉継に虐められてるんだもん」
「これからも世話になるだろうよ」
「ははは!」

結局、小生はこの可愛い弟分が笑っていれば幸せらしい。

虫の知らせ


「正家、ちょっといいか」
「家康! どうした」
「ちょっとこっちに来てくれ」
「いいけど…、…」
「小生ならいいぞ」
「じゃあ…」

「何だよ、家康」
「正家、お前、ワシのところに来るつもりはないか?」
「は?」
「正家となら、絆を結んで世を統べることが出来る気がするんだ」
「…? 俺は豊臣軍だ。わざわざ家康のところにいなくても同じ軍じゃないか」
「……言い方を変えるよ。ワシと共に三河に来ないか?」
「……………いや、悪いけど…俺は三成から離れるつもりはないんだ。いくら豊臣から厭われようと、三成に嫌われようと、俺は三成との約束を果たす」
「…そう、か」
「うん。俺はこれに誓っているんだ」
「それは…?」
「三成との誓いのしるしだ」
「誓い、か…お前は、世界より三成を選ぶんだな」
「? 三成と共に、俺は秀吉さまの天下を見るんだ。俺は天下を統べるつもりはない」
「ふふ、ああ…お前ならそう言うだろうと思った。…ワシは泰平の世をつくるよ」
「…家康、何か様子が……」
「いや! 悪いな、時間を取らせてしまった!」
「別にいいが…」
「…ワシとお前は友、だよな?」
「? 当たり前だろう!」
「そうか…それなら、いいんだ。……今、忙しいんだ、また、会えたら会おう。正家」
「……ああ」

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