指先 | ナノ
「正家様。出立のご準備を」
「ああ。……鳳」
「は。如何いたしましたか」
「この間頼んだ…奥州独眼竜への文は無事届けたんだよな?」
「滞りなく」

鳳に武具を着るのを手伝ってもらいながら問う。
四国、九州と、豊臣に各大名が降っていく中、唯一未だに傘下に入らない奥州。
このままだと半兵衛さま直々の処分を下されてしまうと思い、先手を打った。
此度の小田原攻めを契機に豊臣へ降れと綴った文を送ったのだ。
豊臣が天下を掌握するための最後の戦にて戦功を挙げたとなればお咎めなしで済むだろう。
……大人しく、参陣してくれればいいんだが。

「石田隊、大谷隊、徳川隊は既に出立なされたそうです」
「そうか。秀吉さまと半兵衛さまは?」
「正家様が申された通りに、石田隊と大谷隊に挟まれ移動中とのこと」
「…鳳、何を聞けばお前を困らせられるんだろうなあ」
「……正家様、そんなことをお考えで?」
「聞くこと全てに完璧に答えられるから」

戦装束を纏い、腰帯に刀を挿す。
首に架ける、三成から貰った飴色の硝子玉を懐に隠す。
割れてしまわぬよう、しっかりと武具の中に入れる。
これが割れてしまったその時が三成との縁の切れ目になりそうで恐ろしい。
これまでの幾多の戦で割れなかったのは奇跡のように思う。

「正家様、何かお忘れのことは」
「ない」
「それでは、馬のご用意を」
「うん。頼んだ」

顔を引き締め、部屋を出る。
豊臣の覇権を確立する為の戦が、始まる。

* * *

手にある文を握り潰す。
先日届いた豊臣からの文。
宛名は長束正家という男。
ご丁寧に、豊臣秀吉の印までしっかりと押してある。
内容はこの時代、よくあること。
豊臣に降れ、といった内容だった。
豊臣秀吉が直々に出してきたってんならまだ、思い上がった猿の戯れ言だとはね退けられた。
しかし文を出してきたのは無名の官僚…!

「Ha! 俺も舐められたもんだな!
ンな真似してくれやがった野郎の顔を見てから豊臣をぶっ叩いてやろうぜ!」
「Yeahーーーー!!」
「…政宗様」
「ああ、分かってる。coolに、だろ?」

待っていやがれ長束正家!
奥州筆頭伊達政宗、恥を雪がねえ軟弱に堕ちたつもりはねえ!

* * *

「、……北側が騒がしいな」
「伊達が南下しているとの情報が」
「! …それが確かならいいんだがなあ」

兵たちに小田原城の周りを囲わせ、城内を攻めさせている。
風魔小太郎は鳳に相手をさせている。
くの一と言えど鳳は武士にも劣らぬ腕前。心配は必要ないだろう。
不安なことは二つ。
北条の兵糧のことと、奥州の独眼竜のこと。
まあ、北条の兵糧は心配ないだろう。
半年かけて米を買い占めた結果高騰した米価を知った北条の武士たちが、各々貯めていた米を売り出してくれた。
恐らく北条にはほぼ兵糧は残っていないだろう。
…独眼竜、は。
これだけはどうにも不安が拭えぬ。
豊臣が小田原城周辺に陣を布き、籠城する北条を攻め始めてから早三日。
今の今まで独眼竜は参陣する気配を見せなかったが。
安心しても良さそうだ。

「正家様、」
「! な、鳳!? お前、風魔は」
「彼奴は北条氏政に呼び出され城に戻った様子。雑賀衆も存分にその力を奮い、黒田も文句を言いながらも前線にて交戦中」
「そうか。彼らに大きな怪我はないんだな?」
「はい。して、早急にお伝えしなければならぬことが」
「……悪いな、俺がそれを遮ってしまったのか」
「構いませぬ。伊達政宗が挙兵し、此処小田原に向かっているとの報告がありました。直此方に着きましょう」
「…! そうか!」

鳳の報告に笑みが浮かぶ。
北条攻めの調子は上々。
これならば…予想していたより早く落ちそうだ。
良かった…これならば、半兵衛さまの体調も大事には至らないだろう。
安堵の息を吐いていると鳳に諫められる。

「正家様、戦中にござります。気をお引き締めなさってください」
「……悪い」
「正家様が謝られることではござりません」

最近では表情が柔らかくなってきた鳳。
…俺の前では、こうして人らしい一面を見せてくれる。
俺の前に跪く鳳の肩に労いの意思を込めて手を置く。
途端に小さく震える鳳の体。
……やはり、まだ触れられ慣れていないか。

「この戦が終われば少しは時間も空こう。お前もゆっくりと休んでくれ、鳳」
「…そんな、勿体無きお言葉、」

「長! 至急お伝えせねばならぬことが! っ、すみませぬ、正家様」
「いや、俺は気にするな。して、どうした? 俺は聞かない方がいいかな」
「いえ、正家様こそお聞きください! 三成様が伊達政宗、片倉小十郎と交戦中! 伊達軍は豊臣に降るどころか宣戦布告をしてきました!」
「!」
「…なんだと?」
「此方にも伊達の将たちが向かっております! 急ぎ迎撃のご準備を!」

先ほど聞こえた北側の騒がしさはこれだったのか。
耳をすませば北の方角――三成が陣した辺りから怒声、発砲音、馬の嘶きがはっきりと聞こえてくる。
…まさか。豊臣に反旗を翻すだと?
正気か、独眼竜は。
いや…やはり、俺の文があの竜の怒りを買ってしまったのだろう。
……………。

「皆の者! 迎撃の準備を!!」
「! おおぉぉぉぉ!!」
「鳳。お前は三成の陣を」
「いえ。この鳳、正家様の御身をお守りいたします。……青竜、貴様が行け」
「は」

段々と近づいてくる、興奮しきった男の声。
三成のもとに独眼竜とその右目は行ったのか。
もしやすると、奥州は滅亡してしまうかもな。
三成ならまず手加減などしてやらないから…奥州双竜は死んでしまうだろう。
秀吉様の戦を汚した!とかなんとか言って怒り出すに違いない。
……それを宥めるの、誰だと思ってるんだよ。

「正家様」
「ん。来たな」
「いたぞ! 豊臣の兵だ!!」
「Yeah ーーーー!!」

武器を特殊に構えた雑兵と思しき兵が走り寄ってくる。
これが伊達を支える兵たち、か。
……この兵たちまで豊臣に取り入れるなんて言ったら三成に怒られるかな。
統率がとられているし、豊臣の兵にしても損はないと言えば認めてもらえるだろうか。

「鳳」
「……貴方様が何をおっしゃろうとしているのか、大体察しがつきます」
「じゃあその通りだろう。…兵たちを、殺してはいけないよ」
「…御意に」
「いいか、長束隊の兵たちよ! 伊達の兵を殺してはならぬ! 必ず生かせ、さすれば豊臣の力となろう!」
「はい!」

斬りかかってくる兵たちを横に薙ぎ、一瞬怯んだ者どもの背に周り浅い傷を負わせる。
俺の兵を見てみれば、しっかりと峰打ちで済ませている様子。
これならば大して苦労することなく伸すことが出来そうだ。

「ひ…うわあああ!」
「!? …伊達の将か!」
「! お下がりを! 正家様!!」

身を刺すような殺気に、無意識に体が後ろに飛び退く。
雑兵なんかじゃない。
伊達の武将が来た。
兵を下げて鳳と二人並び立つ。
目の前にいるのは、二名の武将。

「参ったな…腕利きか」
「我こそは伊達軍三傑伊達成実! お相手仕る!」
「某鬼庭綱元! 豊臣が将長束正家とお見受け致す! 我らが殿、伊達政宗様がお受けになった屈辱、雪ぐため参った!」
「……やはりあの文が…」

俺の責任だ。
伊達が刃向かってきたのは、後先を考えなかった軽はずみな俺の行動の所為だ。
此度の小田原攻めの指揮権を半兵衛さまより無理やり頂いたようなものなのに。

「くそ……ッ」
「正家様。冷静になられよ。伊達成実は私が相手致します。正家様はあの鬼庭という者を」
「…ああ。いいか、鳳。何があっても敵将を殺すな」
「……………承知」

息が上がり、視野が狭くなっている俺を鳳が諫める。
それでもグルグルと回る思考に吐き気がする。
俺が半兵衛さまより任せていただいたのに。
時間と金を大量に叩いて計画した戦だってのに。
己が、憎い。
俺の行動一つで豊臣の威光を傾けるわけにはいかない。

「……いかにも。俺が豊臣が大蔵大輔、長束正家。悪いが、あんたたちにはここで寝てもらう!」
「…若造が。伊達を敵に回したこと、あの世で後悔するんだな」
「……………。いざ参る!」

鞘に収めている刀を素早く抜くのと同時に相手の懐に踏み込む。
一瞬反応が遅れた鬼庭。
俺の初太刀をぎりぎりのところで受ける。
その防御を弾き、間合いを取る。
俺は三成のように抜刀術が得意というわけでも、かつての吉継のように切れ目なく斬りつけられるわけでもない。
剣術も踏み込みも、婆娑羅者を相手するには足りないくらいだ。
だが、そんな俺にも誇ることが出来るものがある。
それは。

「はっ! …っな、」
「ふ、俺が、戦下手だと、思ったんだ、ろ!」
「ぐっ!」

鬼庭の右足の筋が微かに震えたのを見逃さずに、間合いに入ろうとした相手の背に瞬時に回り込む。
まさか俺に背を取られるとは思っていなかったらしく、驚きの声を上げる鬼庭。
その背を刀の峰で思い切り打つ。
斬らずともこれで大きな痛手を負っただろう。
俺に誇れるものがあるとすれば。
それはこの目と頭だろう。
微かな筋の震えさえも見逃さない目と、敵の動きの先を見透かす頭。
生まれ持った、数字に強い頭が、敵の次の動きを予測するのに一役買っている。
ああ、そうさ、俺は武芸に秀でていない。
だからこそ、持てる才を伸ばせるだけ伸ばして、三成にも吉継にも置いて行かれないよう努力したんだ。

「文官だと思って、油断したな」
「……戦とは、本に分からぬものだな。まさか、貴様のような将に窮地に立たされるなど、誰も思わぬわ」
「へえ? じゃあ、あの伊達成実って奴見てみろよ。あんたらの言う『草』にやられてるぜ?」
「…ちっ」

とにかくこいつらを撤退させる。
撤退させられずとも、動けなくなるくらいには痛めつけておこう。
早く、早く三成のもとへ行きたい。
怪我を負っているかもしれない、もしかすると、…大丈夫、三成は死んだりしない。
俺と一緒にいてくれると約束した。俺を残して、三成は死なない。
…いや、それよりも、独眼竜は死んでしまってはいないだろうか。
俺の所為で死んでしまっているかもしれない。
早くこの男をどうにかして様子を見に行かなければ。

「あんたも背負うものがあるんだろうが、それはこっちも同じだからさ」
「てめぇ…さすが、政宗様を怒らせるだけはあるようだな」
「俺としては、独眼竜よりその右目が怖い怖い」

間合いを計りながら円を描き動く。
隣では刀と苦無がぶつかり合う音が聞こえる。
ときどき聞こえる呻き声は全て男のもの。
鳳に気を取られたのを相手が感じ取ったらしく、その隙を突かれ鬼庭が目の前に迫る。
遅れて刀を出せばそれも弾かれ上体が左に傾く。
しまったと思ったときにはもう鬼庭は刀を振り上げていた。
やばい、斬られる。
咄嗟に地に左手をつき体をそのまま捻る。
鬼庭の刀が俺の右腕と腹を斬ったその瞬間に、右足で思い切り鬼庭の頭を蹴る。
俺が地に伏すのと鬼庭が地面に叩きつけられたのはほぼ同時だった。

「正家様!?」
「はっ…はぁ……、…そっちはやったか、鳳」
「正家様、お怪我を…!」
「ああ、大丈夫、慣れっこさ」

がらんがらんと、鬼庭の兜が落ちて音を立てる。
ゆっくり立ち上がると血が落ちる。
そろそろと鬼庭の近くに寄ってみる。

「…気絶しているか」
「正家様、もう動いてはなりませぬ、傷が広がってしまいます!」
「だから、大丈夫だって」

鬼庭を木にもたれかからせておく。
伊達成実の体も同様にしておいた。

「…三成のもとへ行くぞ」
「なっ、正家様、治療を!」
「だーかーらー、大丈夫だってば!」

数人の兵と忍を残して三成のいる北の陣へと急いだ。

* * *

「三成!」
「……正家か。貴様、西の陣は」
「兵を何人か置いてきた。独眼竜はどこに?」
「誰だそれは」
「え? いや、この陣を襲った…」
「……………まあどうでも良い。私は秀吉様のもとへ行く。あれらは貴様が片付けろ」

あれ、と言って三成が指した方を見やれば、蒼い陣羽織を着た隻眼の男と頬に傷のある男。
…初めて見るが、これが独眼竜とその右目なのだろう。
聞き及んでいた特徴に当てはまる。
独眼竜は意識がないようで、俺に何の反応も示さない。
傍にしゃがみ込んでその胸に触れてみる。
…呼吸はしているようだな。

「てめぇ…っ、政宗様に触れるな!!」
「……怖ぇ」

動けないほどに痛めつけられたのか、右目は怒鳴るだけで何もしてこなかった。
その勢いに負け、そろそろと手を離す。
立ち上がり、三成の方を向こうとすると右腕を掴まれる。

「いて…っ」
「…傷を負っているのか」
「ああ、俺んとこにも伊達の兵が来たから…」
「何故治療をしない」
「あーあーあー、後でやるから! 三成は早く秀吉さまのもとに行きな! 秀吉さま、きっと報告待ってるだろうから」
「…、………分かった。忍、正家が治療をするよう見張っておけ」
「は」

三成が馬に乗り去っていったのを見送ってから、もう一度独眼竜たちを振り返った。
腰に差した刀を抜き、放り投げ敵意がないことを示す。
そんな俺の行動に瞠目した右目が目に入る。
再度独眼竜の脇にしゃがみ、右目が何か喚いているが無視してその頬を軽く叩く。
うっすらと目を開いた独眼竜に話しかける。

「独眼竜」
「…誰、だ……あんた」
「…長束正家だ」
「! てめえが長束か!」
「……Ha、俺に…殺されに来た、のか…?」
「…。あんたら、逃げな」
「………は、?」
「伊達の兵は全員生かしてある。直に此方へ来るはずだ。いいか、奥州へ帰れ。体勢を整えて、また豊臣に挑めばいい。あんたらを豊臣に降らせるのも、俺を殺すのも、その時でいい」

後ろから、鳳の視線をひしひしと感じながら言う。
微かにしか開いていない独眼竜の目が、ぱちぱちと瞬きをする。
そりゃ、殺されると思うよな。
戦吹っかけて負けて、そしたら終わりだ、殺される。
それが、生かされ、しかもまた挑んでこいと言われているんだ。
驚くのも仕方がない。

「右目、独眼竜をつれて逃げろ」
「…何考えてやがる、てめえ」
「……俺の文がなければ、あんたらがこうして豊臣に挑むこともなかった。このまま降すのもいいが、やはり天下を豊臣の物とするには俺らの力を認めさせなければならない。だから、逃げろ」
「………正家様、お言葉ながら、こやつらは殺しておいた方が豊臣の為に…」
「いいよ、大丈夫。さあ、行くよ、鳳。半兵衛さまにお詫びしよう」

立ち上がり、独眼竜たちに背を向ける。
そのまま歩み出せば、鳳がついてくる。
しばらくして、右目が力を振り絞り立ち上がる音が聞こえてきた。
戦の終わりを告げる法螺貝の音が響いた。
…北条は落ちたようだな。
もともとの目的は果たしたんだ、此度の小田原攻めは成功だ。
……そうは思えず、強く目を瞑った。

最後を導く落ちし蛇


「正家くん」
「半兵衛さま…すみません、伊達の宣戦布告は俺の失態です」
「……そんな顔をしないでくれ。北条は落とした。伊達の力も弱めた。今はそれでいいよ。……怪我をしてるじゃないか…さあ、ほら、治療をしよう」
「…………はい」

「…さすがの正家も落胆しているようよな」
「……正家に、斯様な顔をさせているのは誰だ」
「…ぬしは真に、太閤以外に目が向かぬな」
「…?」

「……………独眼竜は、無事なんだろうか…」

* * *

ワシは小田原城の南側へと陣した。
雑賀、官兵衛を先鋒とした城の攻略は順調に進んでいるようだった。

「これでやっと正家の苦労が実を結びそうだな、忠勝」
「…………!」
「ああ、本当に良かった。あとは…北条殿が降伏さえしてくれれば…命を落とす必要など…豊臣に降れば本領も安堵される…」
「……………」

きっと大丈夫だ、と言うように忠勝は強く頷く。
ああ、北条殿は一族の繁栄を強く望んでいる。
きっと、大丈夫だよな。

「……何だ? 何か聞こえなかったか、忠勝」
「…………?」
「人の声のように感じたのだが…」

音のする方へ、草木を掻き分けて向かう。
歩みを進めるうちにその音は大きくなり、多くの人の声だと分かる。
次第に拓けていく木々の向こうには、小さな村があるようだった。

「お願いします! 米が、米がないのです。お城の方々は貯めていらっしゃるでしょう、少しでもお分けください!」
「ならん! 我々の兵糧も既に尽きかけている! お前らに分ける米などないわ!」
「そんな…! 戦が始まる前に他の作物すら刈り取っていかれたではありませんか!」
「ええい、五月蝿い! 我々の存亡の危機なのだ! 飯ごときで!」
「私たちに飢え死にせよとおっしゃるのですか…!」

そこには、北条方の番兵だろう者に縋る民がいた。
米が、ない。
小田原、米、最近よく聞いた組み合わせだった。
そう、この北条との戦の全権を担うこととなった正家が、兵糧攻めを行うためにここ小田原の米を買い占めていたのだった。
…今、この者たちが飢えているのは、正家のあの策のせい、か?
いや、そもそも、この北条攻めのせい、ワシら武士による勝手な戦のせい、だ。

「お願いします…米でなくてもいい…何か食物を…」
「お前らのような民の食い扶持など知らん!」
「お願いします、お願いします!」
「しつこい!」
「ぐあああッ!」

「な………!」

村の長老だろうか、老いた男が兵の足に縋り付く。
すると、鬱陶しがった兵は鞘から刀を抜くとそのまま老人に斬りつけた。
老人は胸から腹にかけて浅くない傷を負い、血を大量に流して倒れた。
ぴくりとも動かない。
周りの村人たちは声を失い、次に訪れるだろう自分たちの危険を察知してか、わずかに後退った。

「ああ、もう面倒だ! このままでは我らは負ける! 村の一つくらい絶えても変わりない! 皆殺せ!」
「はっ」

兵の後ろに控えた者たちが皆、刀を抜いて村人たちに迫る。
その後など見なくても分かる、ワシは見ていられず悲惨な光景に背を向けて陣に走り出した。

「うわあああ!」
「やめて、やめてください!」
「ぐあぁッ!」

村人たちの断末魔が聞こえる。
ああ、ああ! ワシは今まで何をしていたんだ!
何故止めなかった! 何故今こうして逃げている!?
戦に傷付くのは兵だけじゃない、当たり前のことから何故目を反らしていた!
何故、どうして!

「は…っ、はあ……、…う、うぅ…」
「…………!?」

陣に残っていた忠勝が近寄ってくる。
手は震え、吐き気もする。
ワシの体を支えるように忠勝の手が添えられる。

「……豊臣の、力を至上とするその陰には…」
「………?」
「戦は…兵を、民を傷つける…」
「…………」
「…忠勝、ワシは…このままで良いのだろうか…?」

答えは返ってこない。
どこからか戦の終わりを伝える法螺貝が聞こえた。


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