指先 | ナノ
4軸、左近と

ぶすくれた面が三成と左近を見遣る。
お互いに城を任される身分となり、以前ほど気軽に会えなくなっていたことも相まってか、その機嫌は珍しく下降気味であった。

「やれ、正家よ、そう頬を膨らませるでない。稚児でもあるまいに」
「…島左近」
「そうよ、三成が拾ったあれの名よな。それがどうした」
「……左腕に近し、島左近」
「気に入って揚々と口上に使っているな」
「……俺や吉継の方が三成に近い」
「嫉妬か」

常ならば慌てて否定する言葉も、今日ばかりは沈黙で肯定される。
正家の後ろに控える忍は見慣れない主の姿に戸惑っているようだった。
依然これの視線は手合わせに集中する三成たちに向けられていた。

「俺の知らない間に…」
「三成も今や一城の主。誰を召し抱えるも自分で判断出来るであろ」
「最後に会った時には、家康の名ばかりだった」
「左近はまっこと手のかかる男、いちいち離反した者のことなど思い出してもいられぬ」
「……俺は、次会ったらどうやって三成の気を紛らわせてやろうかと、そればかり…」

確かに、左近が来るまで三成は毎日のように徳川への呪詛を呟き続けていた。
それが徐々に鳴りを潜めたのは、それこそ、どこぞから左近を拾ってきた日を境にするやもしれぬ。
徳川の離反に傷ついたのは正家も変わらず、それでも三成の心に寄り添うことに努めていた。
ああ、ぬしもわれと同じか。
裏切りに悲しみ、しかし日々前に進み立ち直る三成に、ぬしも置いて行かれてしまっておるのか。
われも、われもよ。
三成が太閤に後継として目をかけられ、賢人に認められ、将として成長する速度について行けぬ。
今までの三成の歩みより速く、それはあの左近に手を取られたことによるもの。

「正家さーん!」
「げ、なんだよ、左近」
「その反応ヒドイっすよ! ね、ぜひ俺と手合わせしてくれねっすか? 三成様が正家さんは見切りが上手いって」
「正家」
「…三成」
「ここ数月は戦も無く貴様も体が鈍っているだろう。多少は勘を戻しておかねば次の戦で怪我をする、適当にこれの相手をしておけ」
「もー! お二人とも俺の扱い雑すぎですって!」

ぶすくれていた顔も、三成に見つめられれば途端に笑みを浮かべる。
渋々といったように、しかし強く頷いて正家は立ち上がった。

「お前の好きな賭けでもするか、左近」
「おっ! さっすが正家さん! なになに? 何を賭けます?」
「金三十両でどうだ」
「乗った!」
「私の前で楽しそうだな、正家、左近」
「うえッ、行きましょ行きましょ!」

三成の言葉にサッと顔を青くした左近は、正家の腕を強く引き庭へと引き返す。
正家と代わるようにわれの隣に腰を下ろした三成は、小さく口を開いた。

「……正家と何を話していた」
「なに、ただの世間話よ」
「それにしては表情が優れなかったようだが」
「自分で聞けばよかろ」
「…正家は私に話したがらない」

…正家が済んだかと思えば次は三成か。
眉間に皺を寄せ、打ち合う正家と左近を一瞥する。

「…左近とは話が合いそうだ」
「正家か?」
「人と打ち解けるのが早く、いつの間にか心に居場所を作らせる」
「そうよなァ、あれらは仲良しこよしが大の得意と見える」
「……あれになら、正家も…」
「嫉妬か」

つい先程も同じ言葉を吐いた。
われの顔を見、つま先に視線を落とし、そして顔を上げて三成は再び言葉を紡ごうと口を開く。

「………時間が惜しい」
「あァ、早に太閤の天下をわれも見たい」
「秀吉様の天下となれば、左近に城を任せ、また大阪城で秀吉様、半兵衛様のお二人のお側で働くことができる」
「…」
「さすれば、正家と刑部、貴様らとまた共に…」

正家らの手合わせは存外に白熱しているらしい、楽しげな声がこちらにまで届く。
この場に残った正家の忍は目を瞑り、われらの言葉に耳を傾けているようだった。
予想もしなかった三成の言いようにさすがのわれも驚いたらしい、一瞬周囲の様子のみが脳に届き、次第に言の葉の意味が理解される。

「…われらを、望むか」
「何を言う、貴様らは私を裏切らない」
「ああ、ああ、そうよな、われらはぬしを裏切らない」
「未来永劫、家臣たる私たちで秀吉様にお仕えするのだ」
「左近は仲間はずれか?」
「…? あれは秀吉様の左腕である私の家臣。貴様らは秀吉様の足であり指であり目だ。私と変わらない」

三成に何か、小さいものかもしれない、だがしかし変化をもたらした左近。
われも正家も、己にできなかったことを為した左近に思うところがあった。
しかし三成はわれらを選び、共に歩むと言う。
この病躯を駆けるむず痒さはなんだ?
薄くなった胸に流れる、この熱さは。

「だーー! 負けた負けた! 俺三十両なんて持ってないんすけど!」
「ツケといてやるよ、利子付きでな」
「正家さんのいけず!」
「ははは!」

勝負がついたのか、体中を土で汚した二人がわれらに寄って来る。
忍は甲斐甲斐しく正家の汚れを払い、顔を拭ってやろうとして辞されていた。
正家は晴れやかに笑んで左近の背を強く叩いた。

「精進しろよ、若人!」
「そんな歳変わんねーでしょ! へへん、俺に追い抜かれないよう正家さんも頑張ってくださいね!」
「十日十割にしてやろうか?」
「うへえ、それは勘弁!」
「左近」
「へ、あ、三成様! へへへ、何ですか、俺頑張りますよ!」
「貴様も秀吉様の手足となれるよう、鍛錬を欠かすな。そうすれば、入れてやらんこともない」
「え? 三成様? なんの話ですか?」

正家が三成の隣に座り、左近は三成の前に立つ。
…仲間はずれはさすがに哀れか、三成よ。
全ては分からずとも、大体の話は理解したのか正家は微笑んだ。
やっかもうが妬もうが、正家にとっても左近は既に大切な者の一人なのであろう。
三成の世界に生きる者全てが、正家の守るべき者。

「お前のこれからに期待、ってことだよ。左近」
「!!! お、俺! やってみせますよ三成様! 刑部さん、正家さんも! 見ててくださいね!」
「もちろんだ。お前は俺らとともに豊臣を継ぐ一人だ」
「やれ…われは一体何人の手綱を握れば良いのか…」
「何だ刑部、手綱とは」
「ものの例えよ、タトエ」

希望たれ


―数月後―

「正家さん! ほんっとーに! これが最後なんで! …立て替えお願いします!」
「鳳、三成を呼んでおいで」
「は」
「ちょっ、鳳さーん! 戻ってきて! お願いだから! 俺の首どっか行っちゃうから!」
「左近、何度目だと思っているんだ。さすがの俺も庇いきれない。一度こってり絞られなさい」
「ひええええ、もう十分絞られ、」
「左近ッ!!!!」
「あああああ来たああああ!! すんません三成様ー!!」
「正家に要らぬ手間をかけさせるな! 貴様のその悪癖、塵滅させてやる!」
「あああああ!!!」
「……左近はかわいいね、吉継」
「馬鹿な子ほど愛い…よもやこのわれが痛感するとはなァ」

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