指先 | ナノ
手に土産の入った袋をしっかりと握り急ぎ走る。
此度の戦は予定より少しばかり長引いた。
敵が思った以上に粘ったというのもあるが、やはり吉継がいないのが大きかった。
陣中に届いた半兵衛さまからの文には、吉継が退屈しつつも呪術の修練をしていると書いてあった。
寂しい思いをさせてしまったかもしれない。
気を逸らせて吉継の部屋に向かう。

「吉継! っぬあ!?」
「…やれ正家、入ってくるときは許可を取ってからにしやれ。去ぬぞ」

走ってきた勢いそのまま襖を開けると、目の前を何か大きなものが横切った。
目で追うとそれは輿のようで、上に吉継が乗っていた。

「…すげえ……ッ、輿で宙を浮いてるのか吉継ー!」
「な、これは一人用ぞ……っ!」

ぷかぷかと宙に浮いている輿と吉継に気分が高揚し、吉継に思い切り飛びつく。
吉継の腹に腕を巻きつけた途端に輿が傾いた。

「お…っ、重い、重い重い吉継!」
「ぬしから飛びついてきたのであろ…」
「あー……重かった…」

傾いた輿は吉継を乗っけたまま腹に落ちてきた。
あまりの重さに悲鳴をあげる。
ふわりと輿ごと吉継が浮いた頃には腹の中の物が戻ってくる寸前だった。

「…うん、まあ……呪術、使いこなしてるっぽいじゃん」
「戦場に出ることが出来る段階には至ってはおらぬ。退屈はこれから先まだ続こう。ツマラナキな」
「………そうだな」

自嘲からか、笑みを零す吉継。
秀吉さまと半兵衛さまは本格的に天下取りへと着手し始めた。
それによって、最近は俺も三成も戦場を駆け回る日々が続いている。
吉継と共にいる時間はあまりにも短すぎる。
三成の世話と、たまに見せる抜けた様を見ることを楽しみとしている吉継にとって、三成と離れている時は退屈でたまらないだろう。

「言うておくがな、三成だけでなくぬしもなかなか愉快ぞ、正家」
「は? 俺? てか…今俺口に…」
「考えていることが顔に出やすいのよ、ぬしは」

これだから退屈しない、と本当に愉快そうに吉継は笑う。
……三成が面白すぎるから俺なんて全然面白くないと思うんだけどな。
だってほら、三成ってキッツイ性格してるくせに天然さんでちょっと抜けてるから。
そんな三成に比べたら俺なんて…。

「ぬしと三成がズレた会話をしているのを盗み聞くのはまっこと愉快ぞ。退屈しのぎ、暇潰しの枠から飛び出す程に」
「……俺はそんなズレた話なんてしない」
「自分では分からぬであろうな」

笑っている吉継を見て嬉しくなる。
最近は病の所為であまり元気がないように見えていた。
こうして、少しでも明るい様子を見せてくれるだけで心が和らぐ。
吉継が元気ないと三成までしょぼくれてしまう。
元気がない三成を見るのも、寂しげな顔をする吉継を見るのも嫌なんだ。
良かった、少しでも吉継が笑ってくれて。

「それより、正家」
「何?」
「その手に持っているものは、また…」

吉継に指摘され、ここを訪れた理由を思い出した。
右手に持っていた袋を差し出す。
訝しげにそれを受け取った吉継に笑ってみせる。

「土産だ! 先の戦場は港が近くてな、南蛮船が止まっていたからつい、買ってしまい…」
「…また南蛮の菓子か」
「この間渡した金平糖よりは甘くなくてきっと吉継の口にも合う」

戦に参陣する度に何かと土産を持ってくる俺にもう吉継は慣れたらしい。
袋を留めていた紐を解いて中を見る。

「……正家」
「美味そうだろ! 俺もまだ食べたことのないけえき、というものだ!」
「これは元来こんな形なのか?」
「え?」

吉継から袋を受け取って中を見てみる。
中に入っていたけえきは綺麗な四角形であったはずなのに、袋の中でその形は歪み、ボロボロと崩れてしまっていた。
何故、と自らの行いを振り返ってみると、思い当たる節があった。

「…悪い、腰の巾着に入れてきた所為で崩れてしまったようだ……。また今度買ってくるからこれは、」
「何を言うておる、これはぬしからわれへの土産なのであろ? なれば、ぬしはわれから勝手にこれを奪うことはかなわぬぞ」
「いや、でも形が…」
「ヒヒヒ…味には変わりない。茶を用意する、共に食すとしよ」
「………うん、ありがと、吉継」
「われのものが奪われるのを拒んだまで。礼を言われる謂われはない」

輿に乗ってふわふわと部屋を出て行く吉継。
…本当、何で三成も吉継も素直に優しさを出せないんだろう。
こんなにも胸を暖かくすることが出来るのに。
吉継の優しさに笑みを浮かべ、用意された座布団に座る。
袋を破き、けえきを取りやすいようにしておく。
吉継を待っている間、ぼうとしているとけたたましく襖が開けられた。

「刑部!」
「吉継は今いないよ」
「…正家か。刑部はどこに」
「今茶を淹れに行ってる。すぐ帰ってくると思うよ。それで、三成はどうしたの? 吉継に何か用?」
「用などない」

ムスッとしてそっぽを向く三成の本当の用は、恐らく吉継の見舞いなのだ。
三成にとって吉継を慮るのは当たり前のこと。
特筆して言うべきことではない、ということだ。
三成のこういうところは、本当に可愛いと思う。
当然だと思っていることには何の疑念もなく照れもなく、真っ直ぐ行動に移る。
ああ、俺は三成のそういうところが好きだ。いや三成の全てが愛おしい。
そう考えていると自然と笑みが浮かんでくる。

「何を笑っている」
「あ、ふふ、ううん。なんでもない」
「貴様がそんな顔をするのは大抵私に対して良からぬことを考えているときだ。吐け」
「いはいいはい!」

笑っている理由を濁すと、それに気を悪くした三成に両頬を思い切り引っ張られた。
加減なしで引っ張られ、あまりの痛みに暴れるも三成に抑え込まれる。
ほんっとう、この細っこい体のどこにそんな力があるんだ……!
どうやら俺が理由を吐くまで力を緩めるつもりはないらしく、ギリギリと両頬が横に引っ張られる。
痛みが麻痺してきたとき、救いの主が現れた。

「何やら騒がしいと来てみれば…やれ三成、何をしている」
「正家が私を見て何か笑った! 理由を話さぬのだ!」
「なに、正家はどうせつまらぬことで笑うたのであろ。離しやれ、三成。正家が涙目よ」
「何!」
「えぶっ」

吉継が現れ、三成を窘める。
涙目、と聞いた途端に三成が頬を引っ張っていた手を離し、今度はその手で頬を潰すように包んできた。
何事かと身を固くしていると、ズイと三成が顔を近づけてくる。
吐息がかかるほどの近さに三成の顔があり、口吸いが出来てしまうのではと考えが至ってしまった故に顔が熱くなり、心の臓がどきどきと脈打つ。
訳も分からないこの状況に耐えていると三成が離れていった。

「泣いてはいないようだな」
「へ……?」
「刑部、空言を言うな! 正家は泣いてなどいないではないか!」
「われは涙目と言うただけよ」

……どうやら三成は俺が泣いているのだと勘違いしたらしい。
…泣いているか確かめるのに、あんなに顔を近づけることもないだろう。
変に焦ってしまったじゃないか。
俺の今の状態に気づいている吉継が、忍び笑いをしている。
くそ…本当いい性格してるよな。

「まあ、共に菓子を食そうぞ、三成。ぬしの声を聞いてな、ほれ、ぬしの分の湯呑みも持ってきた」
「私はいらぬ」
「おお、それは残念至極。正家が買うてきた土産と言うに。やれザンネン」
「食おう」

…三成も疑い深いな、相も変わらず。
俺や吉継、行長といった本当に付き合いの長い者以外から食べ物を受け取る気がないんだから。
今も、俺が関わっていると知らなかったら食わなかっただろうし。
まあそんなところが可愛いんだけど、さ。

穏やかな日陽


「けえきは美味いな!」
「甘すぎてわれの口には合わぬ」
「……………悪くはない」
「刑部、元気か! おお、三成と正家もいたか!」
「…嗅ぎつけおったな、徳川め」
「家康! どうだ、お前も食うか?」
「うむ、頂こう!」
「だから家康! 貴様は何故私と正家の間に座るのだ! 誰に認可され…!」
「はあ…この男が加わると落ち着けぬ。本に目障りな男よ」

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