指先 | ナノ
「正家! この戦、どう攻めようか」
「…何で俺に聞くの」
「半兵衛殿よりこの戦場を預かったと刑部から聞いたのだ。……違うか?」
「いや…。偉そうにしてるように見えたのかと」
「お前はどちらかというと、戦場では謙虚すぎるぞ」

本陣にて布陣図を眺める。
敵国の戦法は以前より研究していた。
粗方予想し終えた敵国の布陣図。
さて、俺たちはどう陣しようか。
徳川についている本多は後方に布くか。
無駄に敵兵を殺されても困る。

「……今回の戦、大将には徳川を置く」
「な、ワシか!?」
「先鋒は俺が行く。左右の支援はいつも俺と吉継がやっているようにやってくれ」
「はっ」
「おい、正家! ワシが大将など…!」
「……行長、大将頼める?」
「ええよー」

ちらと徳川を一瞥し、行長に視線を移す。
行長に問えば、やる気なさげな笑顔、手ぶりと共に諾という返事を受ける。
それに一つ頷き愛馬が控える場所に向かう。
後ろから追ってくる足音がする。

「正家!」
「何だよ、もう。さっきから」
「すまん、機嫌を損ねてしまったか」
「いや、違うよ。ただ、お前は武器を捨てているし…絆だなんだと言っているから戦いは好まないだろうと思っただけだ。大将は先陣きる必要はないだろ」
「ワシを思ってくれたのは嬉しいが、ワシは豊臣の中では新参者。そんな者が大将など、正家の株を下げてしまう」
「…そういうこと。じゃあ、俺の後をついてきて。先鋒は多い方がいい」

徳川の言い分に納得し、頷く。
そのまま己の馬に向かった。
徳川も馬に跨ったことを確認して、兵を率い走り出す。
後ろから徳川がついてくる。

「そういえば、正家」
「? 何?」
「ワシのこと、名で呼んではくれぬのか?」
「…呼んでほしいの?」
「あ、いや、そうではないが、その、」
「家康」
「は」
「何だよ、呼べっつったのお前だろ」
「…あっさりと呼んでくれて驚いた」
「はは」

名で呼ぶということは特別なことだ。
大切な人を名で呼びたいと思う。
徳川…家康が大切かどうかはまだ分からないが、初めての豊臣以外の者の友だ。
大切にしたいとは、思う。

「…先鋒か、あまり慣れないな」
「そうなのか?」
「ああ、いつもは三成が単身突っ込んで行くから、俺はいつも左方から三成が行く道を開いていたんだ」
「はは! 三成らしい」
「うん。だから慣れないんだ。援護頼む、家康」
「任せろ!」

敵影が行く先にぼんやりと見え始める。
なるべく、後ろの奴らに敵が行かないようにしなくては。
かつ、敵兵を死なせないように。
腰に差している刀の柄に手をかける。
三成のもとへ、帰れますように。

「刀をとれ! 一人とて欠けるでないぞ! 我ら常勝豊臣軍!」
「うおおおおおあああああ!!」

* * *

「貴様がいながら何故正家はこれほどの傷を負った、家康ゥ!」
「わ、ワシの所為か!?」
「そうだ! 正家は常の戦では傷など負わない! 貴様の責任だ!」
「いや、違うよ三成、俺が悪いんだって。家康に責任はない」
「、……………」

軍医に治療をされている間、俺を挟んで行われる言い争い。
…家康が悪い、なんてことはない。
怪我をしたのは俺の責任だ。
しかも、原因ははっきりとしている。

「…正家、お前は無茶をしすぎなのだ。仲間を守りながら敵兵を殺さずに倒すなど」
「……無茶じゃない」
「呆れた…貴様、まさかまた敵に情けをかけたのか」
「…敵にだって家族がいる。大切な人、守りたい人がいるんだ。その兵の帰りを待つ人がいるんだ。死なせずに済むのならそれに越したことはないだろ。それに、豊臣に下らせれば秀吉さまのお力にもなる」
「それは…そう、だが」

三成が口ごもったのを見て視線を外す。
もうこの話題は終わり。はっきりと言えば、まだ釈然としていないような表情をする三成。
分かるんだよ、兵たちの気持ちが。
三成は、秀吉さまの為になれば命をも捨てる覚悟だろうけど、そうはいかない兵の方が多い。
誰かを、例えば国の家族、愛する人、親友を、守るため戦う者の方が多いはずだ。
俺もそんな兵たちの中の一人だし、気持ちはよく分かるんだ。
武士の恥とは理解していながら、生きたい、死にたくない、落ち延びたい。そう願ってしまうのだ。
全ては、大切な人のために。

「……次の戦には私も刑部も出る」
「、」
「貴様に、傷など負わせはしない」
「……うん」
「だが一応追及はしておいた方がいいだろう。何故、此度の戦でそれほどの傷を負った」
「……………譲れないものが、特になかったんだ」
「は?」
「だから…なんて言うんだろ。戦において、これだけは、ってのがなかったんだ、今回は」

言えば、三成は訝しげに顔を歪める。
家康はと言えば、ぱあ、と表情を明るくしてぽんと手を打った。

「そうか、正家の譲れぬものはみつ──」
「だあああああ!!」

家康が何を言おうとしていたのか分かり、即座にその口を手で塞ぐ。
掌にじんわりと汗をかいているのを感じる。
目だけで家康を黙らせる。

「…みつ?」
「あ、あー…、…うん、そう! 俺の譲れないものってあんみつなんだ! いつも戦後にはあんみつ食ってたけど今回はなくてさあ!」
「………そうだったか? 貴様が戦の後にあんみつを食べているところを私は見たことがないが」
「甘味ばかり食べてると三成と吉継に怒られるから隠れて食べてたんだ!」

えへえへ、と笑ってみせる。
三成はまだ納得していない様子だったが、半兵衛さまに呼ばれ医務室から出て行った。
それと同時に傷の手当ても済んだようで、軍医が薬を塗っていた手を離した。

「治療中に暴れないでくだされ、長束殿」
「いや、あれは家康が悪い。手当て、ありがとな」
「…もう大きな傷は負わぬようお気をつけなさい」
「ああ」

床に座していた体を起こし、律儀にずっと黙っていた家康を引っ張って医務室を出る。
少し歩いたところで家康の肩を思い切り掴む。

「うお! 何だ?」
「あれ、何で知ってた」
「? あれ?」
「俺の譲れないものの話だ!」
「ああ、正家は三成を好いているだろう? 此度の戦は三成がおらず怪我だらけ、常の戦は三成がいて無傷。そうなれば、自然と正家の譲れぬものとは三成になるじゃないか」
「…………………ちょっと待て。俺が三成を好いているというのは既に前提となっているのか!?」
「違うのか?」

小首を傾げて言う家康に頭が痛くなった。
この、鈍そうな男にも分かってしまうほどに、気色に出ていたのだろうか。
もしそうならば、鋭い三成には分かってしまうはずだ。
……自分のことには鈍いからな、三成は。バレていないかもしれない。
という希望を持っていたい。

「……………三成には、」
「ん? ああ! 三成は気づいていないだろうな! 刑部もそう言っていたぞ」
「まさか、吉継に聞いたのか!? 俺が三成を…」
「違う違う! お前らを見ていたらな、何となく…分かってしまって」
「…言っとくけど、三成だけじゃないぞ。吉継だって、俺の、守りたい人なんだ」
「ああ、分かってる」

苦笑いを浮かべている家康を睨みつけ、自室に向かう。
…家康すらも気づいてしまうほど分かりやすかったのか。
上手く隠しきれていたつもりだったけど…考える必要がありそうだな。
後ろをついてきていた家康に挨拶をし部屋に入る。
幾何の時を越えても、平兼盛が詠ったように、溢れ出る想いを自分でも堰き止められないということはあるようだ。
寝具に潜り、一人笑う。
不謹慎だが、次の戦が少しだけ楽しみだ。

* * *

「どうする? 吉継」
「そろそろ我らの策も破られていよう。ここは一つ、徳川よ」
「…ああ、それはいい。ってことは、なあ?」
「そうする他なかろ。われにはあれの使い道がそれしか思い浮かばぬ」

「……三成、あの会話を理解出来ないのはワシが勉強不足だからだろうか」
「正家と刑部が兵法について話し合っているときはいつもああだ。軍の者の殆どはあれの一つも理解は出来ていないだろう。まあ、私は理解できるがな」
「…」

吉継と丹念に布陣と戦法を話し合う。
三成が突っ込み、俺らが左右から攻め込む三叉の槍法も敵に知れ渡っている頃だろうと新しいものを練っている。
さほど時間を使わずに出来上がる。
軍の者に布陣図を見せ、今回の戦法を話す。

「──…ということだけど、何か疑問はある?
「……………」
「…ないようだな。それでは、正家、刑部、行くぞ」
「ああ」
「そう急くでない、三成」

腰帯に刀を通し、馬に飛び乗る。
後ろを振り返り、家康を見やると、俺の視線を受け家康が大きく頷いた。
それに満足し、馬を走らせる。
既に小さくなっている三成の背が目に入り、自然と笑みが浮かぶ。
三成を、吉継を、守る。
死なせはしない。必ず、この両の手で、零すことのないように。

「それでは、正家」
「ああ。吉継、武運を祈る」
「ヒヒッ。前のような傷は負わぬよう、われも祈らずとも願っていよう。ぬしが傷を負うとあれが姦しいのでな」
「…掘り起こすな、よっ!」

馬を鞭で打ち左に曲がる。
三成より早く先に着くように、雑兵は後ろの分隊に任せる。
敵軍隊が見えてきた。
俺に気づいた敵兵が目に入り、ヒラリと馬から飛び降りる。
勝手知ったる馬は騎手がいないままに走り出す。
宙に浮いたまま、刀を抜く。

「っふ!」

俺に向かって集まってきた兵たちを横に薙ぐ。
この一撃で死にはしないだろうが、動くことも出来まい。
そうやって敵を薙ぎ払っていく。
吉継も反対側で敵を蹴散らしているらしく、段々と道が拓かれていく。
そこに単身で乗り込んできた三成が躍り出る。
それと同時に吉継が敵大将のいる陣へと向かっていった。
敵に周りを囲まれた空間には三成と俺、俺の隊の兵たちのみ。
どこかに潜んでいたらしく、敵兵がぞろぞろと増えていく。
いつのまにか、俺と三成は幾千もの兵に囲まれていた。

「あちゃあ、やばいなあ、三成」
「…そう言うのならば、顔を引き締めろ、正家」
「ふふ、だってさ、三成。ふふふ」

敵は俺たち相手に軍の半分もの戦力を使っている。
俺たちの他にも、豊臣軍はいるというのに。俺たちの術中に嵌っているというのに。
いつも戦場で目立つのが三成だからか、敵国は俺たち三人に戦力を集中させる。
その結果、その国は滅びるのだ。
敵に囲まれながら、俺の心の臓は早く鐘打つ。
三成を守る、必ず。
刀を握る手に力が篭められるのが分かる。
緊張に身を固めていると背に当たる微かな暖かさ。

「来るぞ、正家」
「ああ…!」

敵に囲まれ、当たり前のように俺に背を預ける三成。
ああ、ああ、なんて、嬉しいことなんだ。
三成の心のどこかに俺が存在している証拠だ。信頼してくれている。
三成が背を預けてくれるほど俺を信じてくれているというのに、それを裏切ることなど、どうして出来ようか。
敵兵を後ろに行かせはしない。
俺が戦に出る理由は、三成と吉継を守るためなんだから。

「な、何だ!? あれは!」
「あれは徳川の……っぐあああ!!」
「某、豊臣軍第四隊兵長徳川家康!」

襲い来る敵兵を斬り払っていると、本多に乗った家康が現れた。
本多から飛び降りた家康は敵兵の背後をとり倒していく。
これが、新戦法の巻狩だ。
俺たち三人がおびき寄せた兵を後ろから攻め込んできた家康が倒していく。

「三成! 正家! 大事ないか!?」
「…」
「俺がいながら三成に怪我させるか!」

三成に斬りかかろうとする輩を全て滅多斬る。
三成が同じ戦場にいるだけで力が込み上げる俺が、背を預けられておいて三成に傷を負わせるわけがない。
今の俺は無敵だ、三成は俺が守る。

「て、撤退!」

遠くの方からそんな声が聞こえてきた。
あっちは…吉継が向かった方角だ。
吉継が敵大将を討ち取ったのだ!

「勝ち鬨を上げろォ!!!」

君がいればこそ


「勝った! 吉継ぅ!」
「…気分が高揚しているところ悪いが、……鼻血がでておるぞ、正家」
「え、嘘……まじだ!」
「何…? 正家、貴様、また傷を、」
「違う! これは、あれだ…こ、興奮して」
「? 正家でも戦で気が昂ぶるのか」
「いや戦でじゃなくてな、家康……。……何でもない」
「??」
「とにかく血を拭え! …傷を負っているではないか!」
「え、嘘」
「誰か、布を持って来い!」
「やれ三成…心配しすぎよ、ぬしは」
「な…、心配など…っ」
「三成は素直じゃないな」
「黙れ家康ぅぅぅ!」

オマケ

「して、正家」
「? 何、吉継」
「三成の何にそれほどまでに気を昂ぶらせた」
「ぶふッ!」
「戦嫌いのぬしが戦関連で興奮するとも思えぬ。何、何があった。われに言うてみよ」
「面白がってる! ぜってえ吉継面白がってるだろ!」
「ヒヒヒ…兎にも角にも言え。三成の何だ? 顔か、首か、腰か脚か…」
「……………」
「ぬしの好みを考えれば…腰か? 確かに三成の腰は細腰でそそるものよ」
「は…!? ……よ、吉継、まさか、三成をそういう目で……!?」
「ヒヒッ」
「う……嘘だああああ!! 嘘だと言ってくれ紀之介! 俺はお前に勝てる自信がない!!」
「その名で呼ぶなと言うたはずだが。ヒヒヒっ、われを負かせるよう頑張りやれ」
「うわあああああ……………ッ」

* * *

「結局、三成の何に」
「……背、を」
「? 背に欲情したのか。珍しや」
「よく…っ! 違ぇよ、三成に背を預けられたんだ! 戦中に!」
「……………」
「………何だよ」
「…ぬしも真に単純な男よな」
「うるせえ、自分でもそう思ってるよ」

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