指先 | ナノ
「へえ、豊臣に下ることにしたんだ」

小牧・長久手の戦いで豊臣に敗したワシら、徳川は豊臣に臣従した。
元は織田の下についていたワシらは受け入れられないと思っていたが、豊臣の軍師竹中半兵衛殿は臣従を許してくださった。
今回、大阪城に参上したのは秀吉殿、半兵衛殿にお目通りをするためだった。
お目通りを済まし、一度三方ヶ原に帰ることとなった。
臣従するからには城に常にいてほしいということで、その準備をしに行くのだ。
客間から出、廊下を歩いていると暗がりから声をかけられた。

「徳川は滅亡の一途を辿るのかと思ってたけど…あんた、案外賢かったんだな」
「…すみませぬ、御顔に覚えはあるのですが……名を伺ってもよろしいでしょうか」
「あーあー、そういう堅苦しい喋り方はやめろよ。身分的にはあんたの方が上なんだ」
「…そうか? それで、お前の名は」
「……覚えてねえの?」
「すまん、見覚えはあるんだが…豊臣の者だな?」

むす、と不満げに唇を尖らせるその姿。
確かに見覚えはあるんだ。
どこでだ? 最近会った気がするが…。
うーん、と悩んでいるとその男は暗がりから出てきた。
少し、ばつが悪そうな顔をしている。
泳いだ視線が、ワシの、先の戦で傷を負った右腕に向かう。

「……その、」
「うん?」
「右手の怪我を負わせた奴」
「? そいつが何だ?」
「は…、ここまで言ったら分かれよ! その傷負わせたのが俺だって言ってんだよ! あー、もう! 言わせんなよ気まずい!」

ワシが頭を傾げ聞くと、怒鳴ってくる男。
…ああ、やっと合点がいった!
そうだ、確かにあの戦のときに見た!
確か、ワシの左方から攻めてきた奴だ。

「分かった、分かったぞ! …それで、名は、大谷吉継、長束正家、石田三成のうちのどれだ?」
「は?」
「いや、あのとき三人から一気に攻められたのでな、名は聞いていたんだが顔と一致していないんだ」
「…そういえばそうだった。……え、あんた、俺たちの名前全部覚えてたのかよ」
「ああ。息ぴったりの攻撃だったからな、よく覚えている」

今でもよく覚えている。
鋭い殺気に体が刺されるような感覚に襲われ、構える前に三本の刃がワシを殺そうと光っていた。
うち二本をかわしたはいいが一本は右腕を深く傷つけていった。
追撃に出ようとした三人を半兵衛殿が止めなさり、徳川は豊臣に臣従したのだ。

「…俺は長束正家だ。豊臣の財政を担っている」
「おお! ワシは徳川家康だ! よろしくな、長束!」
「よろしく」
「しかし、ワシとあまり歳も変わらないように見えるのに、すごいな、豊臣の政の一端を担っているなんて」
「……っふ、はははは! あ、あんたの方が凄いに決まってるだろ! 国主さまなんだから!」

きょと、と固かった表情を柔らかくしたと思えば頬を緩めて笑い出した。
…ああ、いや……こいつには笑顔の方がよく似合う。
先程までの、ワシを威嚇するような表情は似合わない。
なんて、美しく笑う男だろうか。

「あー…、はは、笑ったー…。…あーあ、本当はあんたを牽制しとこうと思ってたんだけど、毒気抜かれちまった」
「? 牽制?」
「ああ。外部から来た奴だから、いつ反旗を翻されるか分からないだろ」
「な…、仲間になってすぐに疑うこともないだろう!」
「すぐ、だからさ。………まあ、うん。ようこそ豊臣へ、とでも言っとくよ。これからよろしくな。あと…この傷は、本当に悪かった」

長束が一歩、ワシに近づいてきて、そっと右腕を撫でた。
その感触にぞくりと鳥肌がたつ。
こんなに優しく、触れられたことはない。
…この男は、酷く優しいのだろう。
戦に染まるこの乱世で生き難いのではなかろうか。

「戦場で、ワシらは敵同士だったのだから、気にするな。そもそもワシは怒ってなどいないわけだし」
「…あんた、お人好しすぎるんじゃない?」
「それは、お前もだ、長束!」

「正家! 何をしている! 半兵衛様がお呼びだ!」

鋭い声が廊下中に響き、長束が後ろを振り返る。
再度こちらを向いたとき、その顔は苦い笑顔を浮かべていた。

「悪い、呼ばれてるからもう行くな。──あ、俺のことは名前で呼んで良いから。じゃあな!」

ワシの返事など聞きもしないで、さっさと走り去ってしまった長束…正家。
おかしな奴だと一人で笑い、ワシも帰路についた。

命運分けるその出会い


「どこに行っていた、正家! 私がどれほど探したと、」
「ごめんってば。徳川を見に行ってたんだよ」
「、……使えそうな奴か?」
「さあねえ。見た限りじゃ分からないけど…。狸じゃないといいね、三成」
「…? ……とにかく行くぞ、半兵衛様を長らく待たせてしまった」
「うお! 引っ張んなって!」
「………………あまり、」
「ん?」
「私の知らぬ者と話すな」
「……………分かってるってば!」

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