指先 | ナノ
「新三郎くん、ちょっといいかな」

半兵衛さまに呼び出され、広い半兵衛さまの自室に向き合って座る。
…改まって何だろうか。
……まさか、やっぱり長秀さまの下に帰れと言われるのだろうか。

「……新三郎くん、佐吉くんに恋をしているでしょう」
「!? う…っ」

少し困ったような顔をした半兵衛さまを見て身構えていると、予想もしなかった言葉が降ってきた。
驚いて、唾液が気管に入った。
大きく息を吸ってしまい咳き込む。

「な、なぜそれを」
「君ほど分かりやすい人間に僕は会ったことがないよ。軍師や参謀になりたいのならもう少し表情に出さないようにするべきだ」
「は、はい…。……それだけ、ですか」
「ああ、いや、これは要件のための確認だ。君に言いたいことは別にある」

真剣な顔で俺を見つめてくる半兵衛さま。
いつもは薄く笑みを湛えているのに、その唇は一文字に閉じられている。
…小姓は恋愛をしてはいけないのだろうか。
小姓は主のものだ。
俺の心は秀吉さまのものだ、と怒られてしまうかもしれない。

「佐吉くんを本気で好いているのだよね?」
「…はい」
「……………」
「……」
「………。もう君は分かっただろうけど、佐吉くんはあまりにも生きるのが下手な子だ。自ら損をしに行くような子なんだよ。優れた才を持つ故に人の妬みを買いやすい。その上、自分を曲げられない人間だ。良くは思われにくい。…そうだろう?」
「…ええ、そう、ですが…。……半兵衛さまは」
「うん?」
「半兵衛さまも、佐吉を厭うのですか」

つらつらと佐吉の人となりを上げていく半兵衛さま。
佐吉の、誰の目にもつく、人に嫌われる性質。
しかし、違うのだ。
佐吉という者は、付き合えば付き合うほど、共にいればいるほど深みのある人間なのだ。
心優しき、純粋で一途な子。
それを理解出来るのは、きっと、この日の本でもほんの一握りだけだろう。
半兵衛さまは、その中には入っていないのだろうか。

「そんなわけないだろう」
「!」
「僕は佐吉くんの優しさをよく知っている。佐吉くんが秀吉に取り立てられた所以を聞いたことは?」
「…ありません」
「彼はね、秀吉に茶を出すときに三回に分けて出したんだ。最初は冷たい茶を少量、次にぬるめの茶を湯呑の半分ほど、そして最後に熱い茶を一杯に。茶が飲みやすいように、という佐吉くんの気遣いだよ」
「……佐吉らしいです。決して、その目的を口にしない」

そんな佐吉の気遣い、優しさを俺も何度か経験したことがある。
最初は、本当に何気ないことで気づけないのだけど、後になってからふ、と気がつくのだ。
その度に俺は胸があったかくなって、むずがゆさを感じる。
佐吉のそんなところが好き、なんだ。

「新三郎くんはよく分かっているね。だからこそ、君に任せたいんだ」
「…? 何をでしょう」
「佐吉くんの傍にいてあげてほしいんだ」
「………半兵衛さま…?」
「彼は本当に優秀な子だ。大切にしたい、豊臣の未来のためにも。だが、彼一人では駄目なんだ。佐吉くんは初見の人間には理解され難い。交渉術だって政には大事な能力の一つなのに、彼はあの様子さ。だからこそ、人と上手に関係を結べる君が必要なんだ」

半兵衛さまの予想もしなかった言葉に一瞬思考が停止する。
だって、こんなこと、頼むようなことじゃない。
佐吉の傍にいてくれ?
俺は最初からそのつもりだ。
ずっと佐吉といる。約束したのだから。
約束がなくたって、俺は佐吉の隣に居続ける。
佐吉が大切だから、好きだから。

「それに、佐吉くんにとっても君は必要だ」
「…俺が?」
「ああ。端から見ているとよく分かる。あまり人を寄せつけない佐吉くんが傍にいることを許しているからね」
「……………」
「…はは、照れたのかい?」
「ぁ…う、……はい」
「ははははは!」

クスクスと笑う半兵衛さまに、居心地が悪くなる。
照れるのも当然じゃないですか!
そんな、考えてもみなかった。
熱くなった頬を両手で包む。
笑みを徐々に薄くした半兵衛さまは、寂しげな顔で目を伏せた。
変わったその様子に、続けられるであろう言葉を待った。

「…僕には、未だに分からないことがある」
「半兵衛さまに分からないことなどあるのですか」
「ふふ、僕だって一人の人間だってことさ。……秀吉の、過去の話は君も聞いたことがあるだろう。奥を自らの手で殺したという、そんな話を」
「…ええ、こちらに来てすぐの頃に」
「あれは単なる噂話ではなくてね、事実なんだ。愛が人を弱める。あることをきっかけに秀吉はそう考えるようになり、自分に寄り添う愛を殺めた。そうして力を求めるようになり、今の豊臣がある」
「…………」
「あの時、秀吉を止めなかったことが、本当に正しかったのか、未だに僕は判じかねているよ」
「…半兵衛さま……」
「秀吉ならきっと、彼女を守りながら、愛を育みながら、豊臣を大きくできただろうと今ならば分かる。それでも、過去の僕は、あの時の僕は止めなかったんだ」

ああ、半兵衛さまは、悔いているのだ。
まるで、全て先の事を読んでいるかのごとく盤面を掌で操る軍師も、過去の判断の正誤を迷うこともあるのか。
秀吉さまはお優しい。それは半兵衛さまも同じだ。
きっと、想像もつかない苦しみが伴う決断だったのだろう。
結果を見て、過去の出来事にあれこれ言うことは誰にだってできる。
天下に名を轟かせる半兵衛さまが、そんな凡人に身を置くわけがない。

「…未来のことは、誰にもわかりません」
「………ああ、そうだね」
「秀吉さまと半兵衛さまのご決断を、ご判断を、正しいものとするのはこれからのお二人なのだとこの新三郎は信じております」
「…ふふ、言うじゃないか」
「そうして、俺が佐吉を愛そうと、弱ることのない益々の精進によってお二人を支えることで、お二人が捨てた道も正しかったと証明して見せます」
「あっはっは! 頼もしいね! ――うん、君の言うとおりだ。僕はこれからも変わらず秀吉を親友として支える。秀吉は天下を手中に入れるためにたたひた走る」
「どこまでもついていきます」

深々と頭を下げれば、優しい掌に髪を撫ぜられる。
そろりと顔を上げると半兵衛さまの晴れ晴れとした微笑みが目に入る。
ああ、美しい。それでいて、なんて頼もしいのだろう。
このお二人が築かれる覇道に関わることができる。
それがこの身に余る誉れだと自然と笑みが浮かんでくる。

「それでは、新三郎くん」
「…はい」
「頼まれてくれるかな」
「…この新三郎、謹んでお受けいたします」
「うん、ありがとう。佐吉くんを支えてあげてね、彼は不器用だから」
「はい」
「君たち二人のことは紀之介くんが見守ってくれるから安心してくれ」
「は…紀之介が、ですか」
「ああ。君たち三人は、きっともう離れることはないだろう。三人よれば文殊の知恵というが…いや、君たち三人だとこの日の本をひっくり返してしまいそうで怖いよ」
「俺たちは離れぬのですか」
「ああ、何だかそんな気がするんだ。君たちが、どんな道でも共に歩いていく、そんな気が」

共に歩く覚悟をば


「佐吉!」
「なん…、!?」
「佐吉、佐吉、佐吉!」
「は、離れろたわけが!」
「好きにさせておくが得策よ、佐吉。一度そうなれば新三郎は耳が利かぬ故」
「だ、からと言って抱擁など…!」
「佐吉っ!」
「だから何だ!」
「俺はずっと佐吉の傍にいる! 佐吉、大好き!」
「な……ッ」
「紀之介も大好き! ずっと一緒にいような!」
「やれ、われもか」
「うん!」
「……………」
「? 佐吉? どうした? 黙って」
「…新三郎、ぬしはもう少し佐吉の気持ちを読めるようにするがよかろ」
「他の奴らよりは分かっていると思うけれど…」
「分かってないから言っておる」
「……………」

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