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○BASARA連載『指先』番外編

「……眠っているのか」

忍に呼び出しを命じてから四半刻。
いくら待っても訪ねてこないことに痺れを切らし、迎えに行けば文机の前に寝転がり、寝息を立てている。
たしかに、ここ数日は忙しくしていたと聞く。
此奴は仕事を抱えすぎる。
兵の鍛錬、兵法の勉強、同盟国の窓口、そして私たちの食事の管理。
一日の時間が足りないのではないか、と考えていたが、やはり睡眠を削っていたか。

「……………」

隣に腰掛けても、目覚める様子はない。
少し痩けた頬に触れると、体温が伝わってくる。
私より高いその熱は、生きていることを如実に伝えてきた。
…貴様は、呑気にそうやって眠っているのが似合っている。
引き締めた表情で日々過ごしている姿を見るのは、慣れない。
戦わなくて良い、傷つかなくて良い。
どれだけ言い聞かせても、貴様は先頭を切って戦場を駆け回ってしまう。
目が足りない。
貴様を繋ぎ止めておく腕が足りない。
どうすれば、貴様は私の思う通りに過ごしてくれるのか。
笑んでいればいい、食事を美味そうに摂っていればいい。
秀吉様、半兵衛様ご存命のあの頃のように過ごしてくれれば良いのに。
それだけで私は、私のままで在れるというのに。
秀吉様に家康の首を奉じることが、今の私の成すべきことだが、私を生かしているのは貴様だというのに。
その自覚が此奴にはない。
戦働きを挙げなければ役に立たないと思っているようだが、貴様がそばにいるだけで、私は息ができるのだ。

「ん………」

寝返りを打つ。
まだ目覚める様子はない。
顔を背けられてしまったため、髪を一房手に取ってみた。
指から滑り落ちるそれは、小麦色に輝いている。
金色、私の誓いの色。
永遠に共に。その誓いを違えるつもりはない。
だからこそ、貴様には本陣に控えていてもらいたいのだ。
……何度伝えようと、聞かぬ貴様には期待できぬな。

「……」

起きてほしい。
その蜂蜜を溶かした瞳で、私を見つめてほしい。
だが、もっと眠っていてもらいたい。
この矛盾した思いを抱えていることなど、貴様は知らずに眠りこけるのだろうな。
私を惑わせるのは、いつも貴様だ。
秀吉様に示していただいた道を邁進するだけの私を、迷わせる唯一の存在。
こういう者を世は悪魔と呼ぶのだろうか。
…これだけ清廉潔白な男を?
私が勝手に惑わされているだけなのだ、きっと原因は私にある。
此奴はただ私のそばに在るだけ。
私のそばで微笑むだけ。
それだけで私の心の臓は、早鐘のように音を立てる。
この感情をなんと呼ぶか、私は知らない。
ただ、この男を失ってはならないことだけは分かる。
私のなにかを司る男、私のなにかを奪った男。
秀吉様にすべて捧げた私に残されたもの、私ですら分かっていないというのに。

「……疾く起きぬか」

小さく囁く。
起きるわけがない、そう思い頭を撫でると、緩慢にその顔がこちらを振り返る。

「………三成…?」
「…起きたか」
「……へへ…いい夢だ…優しい顔…」

「…? おい」
「…………」

こちらに向き直った体。
頭を撫でた私の手を取ると、そっと両手で包み、再び眠りに落ちる。
……動けなくなってしまった。
私には、まだ片付けねばならない政務が残っているというのに。
しかし、不快感はない。
穏やかな眠りに微睡むこの男が、良い夢を見ているのならばそれでいい。
…我ながら、甘いな。
この男を見つめる己の目に灯る熱を知らずに、私は手に伝わる体温を楽しむ。
………刑部も、たまには休めと言うしな。
こんな時間を過ごすのも、良いというものだ。

きみの安らかな寝顔

「……三成?」

居眠りから目覚めると、なんだか両手が温かい。
誰かの手を握っている、その手の持ち主を見上げると、胡座の体勢で眠っている三成の姿が。
……俺になにか用だったのかな。起こしてくれたら良かったのに。
三成を起こさないようそっと両手を離し、体を起こす。
よく倒れ込まずに眠っているな。
…美しい寝顔だ。
三成が自ら睡眠をとっているのも珍しい。
起きるまでしばらくこのままでいよう。
…ああ、でも。
三成にもこうして寝顔を眺められていたと思うと、少し気恥ずかしいな。
熱が灯る頬を軽く扇ぎ、大きく伸びをする。
三成が目を覚まし、その目に俺を映してくれることを待ちながら。




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