「ひやああ!」
「はは、驚いたかい?」
「……鶴丸っ、いい加減にしてちょうだい!」

本丸に響き渡る声に一同はまたか、と顔を見合わせた。最早慣れてしまうほどに繰り返されたやり取りに手を止めるものはいない。
畑にいた光忠も怒り狂っているだろう主を思って苦笑した。

「鶴さんも懲りないねえ」
「またやっているのか、あいつらは…」

大倶利伽羅は顎を伝う汗を拭うと、理解できないとばかりに首を振った。
恐らく鶴丸がいつものように主にちょっかいをかけたのだろう。
長らく審神者をしているとはいえ、主はまだ未成年だ。鶴丸の悪戯にも手を焼いているに違いない。それに…。
光忠はつやつやの野菜をかごにまとめると、助け船を出すために声のするほうへ向かった。

「ま、毎日毎日どういうつもりなの!わたしは仕事があるのっ」
「そんなこと知っているさ。でもなあ、君、ちょっと根を詰めすぎだぞ」
「だからって、こ、こんな…っ」
「はいはい、ストップ」
「っ光忠、光忠も言ってやって!」

案の定、可哀想なほど顔を真っ赤にして吠えている主と、けろっとした鶴丸がいた。
取り乱した時にばら撒いたであろう書類が廊下を埋めており、踏まないように近付くのは骨が折れた。野菜を厨に置いてから来るべきだったと後悔したが、もう遅い。
鶴丸としては空気を抜いてやろうというつもりなのだろうが、主には逆効果でしかない。

「鶴さん…、今回は何をしたんだい」
「おいおい決めつけはよくないぞ」
「違うのかい?」
「いや、そうだが」
「でしょ。で、何したのさ」
「ただこう、後ろからぱっと…」
「驚かせたわけ?」
「いいや、抱き着いてみた」
「だっ?!」

平然と言ってのける鶴丸に、さすがに光忠も頭を抱えた。ああ、だから主はこんなに顔を赤くして憤っていたのかと納得はしたものの、何でもないという風に続ける鶴丸に困惑を隠せない。

「短刀たちがよくやっているだろ?主も嬉しそうにしているじゃないか」
「鶴さんがやったらセクハラだよ!」
「せ、せくはらは卑怯だろう…」

さすがの鶴丸もセクハラ扱いは嫌らしい。主が光忠の後ろへさっと逃げこむのを見ると拗ねたように口を尖らせた。

「主は多感な時期なんだからね」
「お前この子に甘すぎやしないかい?まるで母親みたいだぞ」
「鶴さん」
「……分かった、分かった。俺が悪かった」

主は非難がましい目で見やるだけで口を開かない。
鶴丸は困ったと言わんばかりの表情で光忠を見たが、軍配は主に上がっていた。

「あー、その、なんだ。悪かった。もうしないぞ、……多分」
「たったぶん?!それじゃ困るのよ!こんなこと繰り返されたんじゃ心臓がいくつあったって足りないわ!人の気も知らないで!」
「あっ」
「は?」
「………あっ」

主ははじめ、狼狽えるあまり口走ったことの重要さに気付いていないようだった。鶴丸は目を見開いて固まっている。

「………」
「………」
「…………あーーー…」

三人が三人、気まずい空気に黙った。
光忠は青ざめた表情で裾を掴んでくる主を憐れに思い、脳をフル回転させてどうにか取り繕おうとしたが、平静を取り戻し先に口を開いたのは鶴丸だった。

「君、俺を好いているのか」
「ひえっ」
「鶴さんほんとにデリカシーなさすぎだよ!」
「なんだ?そういうことだろ?」

青から一転、また顔を赤くした主は半分泣きながら否定したが、鶴丸は首を傾げている。

「そうならそうと言ってくれればいいのになあ」
「ちっちが、違う…」

ぶるぶると震えながら弱々しい声で否定し続けるが、目を覆いたくなるほどの動揺から察するに明らかだった。

「何が違うんだ?」
「鶴さんちょっと黙って…」

光忠は再び頭を抱えた。この男はなぜいつもの察しの良さを今ここで使えないのだろうか。不用意に口走った主に落ち度があるとはいえ、今は察してやるべきところだろうに。

「俺は嫌われていると思っていたんだが…そうかそうか」
「ば、ばかあ…好きじゃないもん…!うっ、」

嬉しそうに頷いている鶴丸と、己の背でついには泣き出してしまった主。収拾のつかないこの状況に光忠は溜め息を吐いて項垂れた。



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