「嘘でしょ〜…」

昇降口へ着くと、地面に叩きつけられた雨粒が跳ねているのが分かるくらい激しく雨が降っていた。面談を終えて教室を出た時はもったりした雲が我が物顔で空を覆ってこそいたが、雨は降っていなかった。天気予報は一日曇り、ところによっては通り雨の可能性があるでしょう。画面の向こうで予報とは違い、晴れ晴れとした表情で笑うお姉さんを思い出してがっくりと項垂れた。
傘、持ってきたらよかった。置き傘は先週使ったまま家に置きっぱなしだし、通り雨と信じて止むのを待つしかないだろう。憎らしい黒黒とした分厚い雲はところどころ稲妻が走っていて、一向に止みそうにないけど。あまりのタイミングの悪さに溜め息も出ない。
ていうか、何も今降らなくたっていいじゃない。怒りたいんだか泣きたいんだか、もやもやして叫んだ。

「もうっ、最悪!ばか!ばか!」

幸いこの微妙な時間帯だ、みんな部活に行っているか既に帰宅している頃だろう。いくらわたしが喚こうが誰にも見られないはず。

「何がですか?」
「ぎゃっ」

そう思って油断していたものだから、背後から突然かけられた声に文字通り飛び上がった。弾みで鞄が落ちて、中途半端に開いていたファスナーの隙間から筆箱が飛び出した。

「すいません、驚かせました」
「あ…赤葦、くん」

振り返って後悔した。よりによって、そこには片思いの相手がいたのだから。
赤葦くんと話せるのは嬉しい。委員会しか接点のないわたしがそれ以外で彼と会えるなんてほとんどないから。
でも、よりによって、今。なんで、今なの。本当にタイミング、どうなってるんだろう。

「はい、落としましたよ」
「あ、りがと…」

赤葦くんは筆箱を拾うと鞄の中にしまって渡してくれる。ちゃんとお礼を言いたいのに、空に向かって理不尽に叫んでいたところを見られたのが恥ずかしくて俯いたまま受け取った。どんどん顔が熱くなっていくし、きっと耳まで真っ赤になっているに違いない。
赤葦くんがいるなら、せめてもっと可愛い声を出したかった。咄嗟に出る声を選ぶなんてできないことは分かっているけど、乙女の気持ちも分かってほしい。好きな人の前で変な声を出してしまったのだから逃げたくもなる。
しかしいくら逃げ出したくても外は大雨。わたしに逃げ場はない。万事休す、わたし。
赤葦くんは気にした様子もなく、あたふたと慌てふためくわたしと外を見比べると納得したように「ああ」と呟いた。

「すごいですね」
「う、うん」
「傘ないんですか」
「…うん」
「ななしやま先輩も面談終わったんですか?」
「うん」
「木兎さんもさっき面談から帰ってきたんです」
「木兎くん、わたしの前だったから…」
「へえ」
「………」
「……」
「……………」
「緊張してますね」
「へ?!」

言い当てられてびっくりして顔をあげると、なんだか満足気な彼がわたしを見ていた。
な、なんですか、なんなんですか、その表情は。ぶわっと熱が襲って、さっきとは違うどきどきが体を全力で走っていく。かっこよすぎるからやめてほしい。心臓に良くない。
パニックになりそうな脳みそをどうにか叱りつけるものの、足は勝手に後退った。

「あ、あぅ」
「逃げなくてもいいのに」
「ちが、ちがくて、ちっちがうの、」

距離を取るように前に手を伸ばし一歩また一歩と後退る。ああ、せめて好きな人と二人きりになれてラッキー!チャンス!くらい思える神経の太さが欲しかった。
小心者のわたしは赤葦くんと同じ空間にいるだけでいっぱいいっぱいなのに、こんなの近すぎる。心を落ち着かせるためにもじりじりと距離を広げていく。

「ななしやま先輩、あんまり嫌がられると…」

ふと目を伏せる赤足くん。傷付けたかと焦ったわたしが前に足を踏み出すと、思いきり腕を引かれた。思いがけない行動に成す術もなくバランスを崩したわたしは訳も分からず倒れこんだ。

「わっ」
「逆に捕まえたくなります」
「あっ、あっ、あっ…あかあし、くん!なに、なにを、な、え?!」
「…あの、ちょろすぎて心配になるんですけど」

騙した俺が言うことじゃないんですけど。呆れたようにそう言った。
しかしわたしはそれどころじゃない。抱きしめられている。それを理解するのは簡単だった。でもどうしてこうなったのかは全然分からない。
暴れまわる心臓が痛くて、思考はうまく回らなくて、目頭が熱くなってくる。わたしは明らかに混乱していた。

「すごいですね、顔真っ赤」
「だっれの、せい、」
「まあ、…俺ですよね」

しらっという赤葦くんに目眩がした。からかわれているのだろうか?
それならやめてほしい。馬鹿なわたしは簡単に釣られてしまうから。これ以上ちょろいと思われたくない。いや実際ちょろいんだけど。
そうなるまいとどうにかこうにか身を捩るが抜け出せず、恥ずかしさで泣きそうになりながら抗議するも聞き入れてもらえない。

「はな、し、てよお〜…」
「無理です。大人しく捕まっててください」
「意味分かんないよ…」
「いいんです、もう少し分からないままでいてください」

がちがちに固まるわたしに、赤葦くんは爆弾を落とす。

「俺に片思いしてくれてる先輩可愛いんで、もう少しそのままでいてください」

大袈裟なくらい肩が跳ねて、それきりショートしたみたいに動けなくなった。
本当に、意味が分からないよ。
雨はまだ止みそうにない。



(お姉ちゃんへ!)

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