今日わたしは、一人で来たシンオウを二人で出る。

「もう逃げる必要はないから帰ってくるよね」

有無を言わさぬその問いかけはまさにイエスオアはい。どちらにせよ断る理由もなく、ダイゴくんの腕の中で大人しく頷くと満足気に頬擦りをされた。
そこからはあっという間で、ぱっと体を離したかと思うとダイゴくんはどこかに電話をかけ始めた。それが終わるとすぐいるものだけをまとめるようにと、言われるがままモンスターボールや財布、ポーチなどをかばんにつめていった。
そうしているうちにチャイムが鳴って、玄関に向かうとカイリキー引っ越しセンターの人たちがいた。え?なんで?ぽかんとしているわたしをよそに、ダイゴくんは業者さんを中へ通してあれこれ指示していた。カイリキーたちの早業により次々と物が運びだされていき、その間にわたしはポケモンセンターへと連れて行かれて通信でミクリくんに怒られた。とっても。

「ばかだばかだとは思っていたけれど、これほどとは思わなかったよ!」
「ご、ごめんなさい」

腕を組んでうんうんと頷くダイゴくんと、これでもかと小言を続けるミクリくんにもう二度としませんと何度も誓わされ、涙目で許しを請うてようやく許してもらえた頃には部屋の中はほとんどからっぽだった。
ぐったりしている暇もなく、船の時間があるからと急かされる。

「え、船?」
「そうだよ」
「今日?」
「そう。ミクリに連れて帰るって約束したからね」

唖然とするわたしに目もくれず、テキパキと家の中を確認していくダイゴくん。
ふと、夕日に照らされるがらんとした部屋を見渡すと少し寂しいような気持ちになったが、声をかけられてはっとした。

「荷物これだけ?」
「うん、他のは送ったから」
「じゃあ行こうか」
「う、うん…?」

とりあえずすぐに必要なものだけをまとめたバッグを片手に、ダイゴくんが振り返った。慌てて追いかけると幸せそうに微笑むのだから、心臓がいくつあっても足りやしない。バッグは持ってもらうほどじゃないから自分で持つと何度言っても返してくれないので諦めた。
雪道を苦もなく歩いていくダイゴくんの背中を眺めながら、これまでに起きたことを思い返す。わたしが勝手に好きになって勘違いして逃げ出したのに、ダイゴくんは追いかけてきてくれた。そして好きだと言ってくれた。何度夢かと疑ったか分からないけど、これは全部、本当のこと。

「ふふ」
「何笑ってるの」
「ううん、ふふ、ふ、なんでもないよ…ただ、嬉しいなって」
「なにが?」
「ダイゴくんに会えたことが。わたし…言ってなかったと思うけど、ダイゴくんに憧れてコトキを出たの」
「ええ?どうして?」
「ないしょ」

ダイゴくんがチャンピオンだったことすら知らなかったわたしがそんなことを言うなんて、訳が分からないといった顔で首を傾げている。それがおかしくてまた笑ってしまう。
あなたは知らなかったでしょう。チャンピオンダイゴならいざ知らず、まだ旅に出たばかりの自分を見て同じように旅に出た子供がいたなんて。
確かに今のダイゴくんはホウエンの憧れそのものだ。たくさんの子供がダイゴくんのようにと夢見てまちを出ているのだろう。けど、その前だって十分に誰かを動かすことができたのだ。自分には熱がないと思っていたダイゴくんだけど、わたしもミクリくんも知っている。もうそうじゃないことを。
だって、じゃなきゃこんなとこまでわたしのこと探しに来たりしない。

「わたし、コトキを出てよかった。ダイゴくんに会えて、本当によかった」
「僕も。あの日ココドラが迷子になってくれて…感謝してるよ…………でも!」

ダイゴくんは柔らかく微笑んでいた綺麗な顔を急に険しくさせるとじとりとわたしを睨めつけた。

「それと今回のことは別だよ。勝手に思い込んで僕たちから離れるなんて…帰ったらミクリにたっぷり叱ってもらうからね」
「うう…また?」
「僕たち本当に心配したんだよ」
「もう〜、…何回も聞いたよ」
「あ、反省してないね?」
「して、る」

耳にオクタンができるくらい言われたのに、ダイゴくんはまだ言い足りないらしい。きっと船に乗っても、ミクリくんに会ったときも言われるだろう。
そして最後には必ずこう言うのだ。

「もう僕から離れちゃだめだよ。絶対に逃がしてなんかあげない」

どうやらダイゴくんの特性は影踏みらしい。



(fin)



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