【和泉守兼定】

その日のわたしはやけに強気だった。握り締めた左手には花の香りをまとった白。国広に主さん走らない!と叱られたのにおざなりに返事をして、速度を緩めることなく一直線に部屋を目指した。
今のわたしに怖いものはない!
兼定は今日は非番だから部屋にいるはずと、声もかけずに勢い良く襖を開いた。すぱん、と襖が跳ね返る音が響く。

「兼定!見て!これ見て!」
「あ?ちったぁ行儀よくできねえのかよ、お前はよぉ」
「いいから見て!はやくっ、見なさいよっ」

手にしていたそれを兼定の顔にぐりぐりと押し付けるようにして差し出す。近すぎて見えるか!と怒鳴る彼に一秒でも早く驚いてほしかった。
少し距離をとってもう一度差し出す。男らしい指先が文をさらっていく。

「はいっ!」
「ったく、これがなんだ…よ……」
「んふふ、どうよ?」
「……おい、なんだこれ」
「見ての通り、恋文よ!わたしだってねえ、恋文のひとつやふたつ、」
「どこのどいつだ?」
「え?えっと、いつも来てくれる配達の人…」
「そいつ、お前なんかに文を送るなんて、よっぽど飢えてんのか?」
「なっ、」

つーかよ、これ本物か?と疑いの眼差しで文を裏返したりしている兼定に、誇らしい気持ちがしゅるしゅるとしぼんでいく。
5歳で審神者として外界から絶たれたわたしは、それはもう、自分でも思うほどに垢抜けない。同じ年頃の町娘と並べはより顕著になるだろう。そんなわたしでも恋に憧れる気持ちはあるもので、いつかと来ない日を夢見ていた。
しかし、散々兼定にイモだの冴えないだの言われていたわたしについにも春が来たのだ。
庭で椿の手入れをしていると、生け垣の向こうから声をかけられた。今日は配達の日ではないのにどうしたのかと窺っていると、「これ…」照れたように俯きがちに渡された文。お香が焚き付けられているのかとてもいい香りがする。こちらが声をかける前に去っていく彼をよそに、わたしの心は他のことでいっぱいだった。
これで兼定を見返してやれると。
だけど、当の兼定はなおも文をじろじろと眺めて疑っている。

「お前に文を出すやつなんて本当にいるのか?」
「な、なんでそんな疑うの…」
「お前みたいな料理もできなくて世間知らずでダサくて冴えない芋女を好きになるようなやつぁ俺くらいしかいねーからだよ」
「…へ?」

一気に体に熱が篭もる。
兼定がわたしを好き?うっ、うそ、だー…。散々な言いようも気にならないくらいの驚きと恥ずかしさで言葉が出なくなる。

「……………」
「おい、聞いてんのか?」
「わっ、わたし!国広に呼ばれてるからっ」
「あ!おい!返事してからいけよ!」
「ばか!」

手にしていた文を投げつけて部屋を飛び出したわたしは国広に泣きつき、追いかけて来た兼定は国広にしこたま叱られるのだった。



×