「ち、さとなんか、大っきらい!」
「へえ」

言ってから、しまったと思ったけどもう遅い。口を押さえても飛び出た言葉は帰ってこない。千里の尖った声音がぐさりと奥底に突き刺さる。おこ、らせた。ひどいことを言ったって分かるのに取り消すことができないのは、唇が震えてそれ以上なにも言えなかったからだ。ごめんなさい、嘘だよ。そう言えたらどれだけよかっただろう。黙っていると千里が溜息を吐いた。びくりと体が強ばる。

「まあ…いいよ。俺も別にななしのこと好きじゃないし」

やっぱり、そうだったんだ。幼馴染みで、お母さんたちに言われてたから仕方なく一緒にいてくれただけで、ほんとはやっぱり、そうだったんだ。つらい言葉に反抗することもなく納得する自分が笑える。薄々気付いてた。だって、だって、千里はいつだってわたしにほんとのことを言ってくれない。ずっと一緒だったのに大事なことはいつも隠されてた。
千里と凛十とわたし。三人でいても千里はいつも凛十ばっかりかまってた。
それもわたしのことが嫌いだったからだと思えばつらいけど納得するしかないでしょ。

ああ、やっぱり、やっぱり。そうだったんだ。理解はしても心がおいつかない。あ、まずい。泣きそう。千里の顔を見てられなくて俯く。売り言葉に買い言葉、思ってもないくせに嫌いなんて言わなければよかった。
そしたら違和感はあってもきっと幼馴染みのままでいられた。でも千里の気持ちを知ってしまったらもう無理だ。どうせわたしもそろそろ、幼馴染み離れをしないといけないんだ。ちょうどいいじゃないか。
千里と離れないといけない。
それがようやく脳から体へじわじわと伝わっていって、指先から体温が消えていく。視界がどんどんぼやけていく。泣いたらダメだ。千里を困らせる。もっと嫌われる。だめだだめだと思うのに、気持ちのコントロールができない。
だってわたしは、誰より好きだから。
なんて言ったら千里はわたしを許してくれるんだろう。どうしたら、わたしのこと嫌いじゃなくなるんだろう。ちがう、どうしたら、わたしのこと好きになってくれるの。わたしはこんなに千里が好きだよ。
気付いてほしくて何か言いたいと思うのに、やっぱり何も出てこない。引っかかったままの言葉が詰まっているのか胸が苦しくて、呼吸もつらくなってくる。

「なんてね」

ぽとり、堪えきれなかった涙がついに一粒地面へと逃げていったその時。千里がさっきまでみたいな怖い声じゃなくて、いつもの声で言った。なんてね、と。俯いたままのわたしを覗き込んで、馬鹿にした顔でぐしゃぐしゃに濡れた目尻を撫でた。

「うわ、ほんとに泣いてる。ああ、ほら、顔あげて」
「や、やだ」
「いいから、ほらワガママ言わないで」

千里を見上げるように無理矢理うえを向かされる。

「ななしってさ、ほんとに分かり易いよね。俺の事そんなに好きなの?」
「す、すきじゃ、…ないぃぃ」

あんまりにもいつもの千里だからつい子供みたいに泣けてきてしまう。きっと馬鹿だなって思われてる。

「そう?俺はななしのこと好きなのに?」
「えっ」

びっくりしてまた目から涙が落ちた。その分クリアになった視界がとらえたのは、今までは見せてくれなかったような微笑み。わたしのこと、好きでしょうがないって、かお。
嘘、だ。だって、だって?
展開に置いてけぼりにされているわたしは意味のない声をあ、だの、う、だのぽろぽろ零して視線をさ迷わせた。

「こんなにずっと一緒にいるのに、今更嫌いになるわけないでしょ」
「だって、千里…凛十ばっかり、」
「馬鹿だなあ、ほんと、馬鹿だよ」

一回しか言わないから、ちゃんと聞いて。そういう千里の声が本当に本当に優しくて、甘くて、じわじわとわたしを溶かしていく。

「俺が好きなのはななしだよ。ななしは?」
「す、すき……ちさとが、すき…っ」
「知ってる」

千里はすごく嬉しそうに笑ってわたしを抱きしめた。わたしはこの背中に手を回してもいいんだ。そう分かって胸がキュンと痛んだ。好きすぎて、痛いよ、千里。


(みるきぃさんへ!)


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