別に人目を気にしてるわけじゃないが、あくびを噛み殺して歩く。いつもより少し早い時間なせいか生徒もまばらにしか歩いておらず、道がやけに広く感じてしまう。ぽつりぽつり、歩く生徒たちはねむたそうだったり快活だったりさまざまだ。 ぼーっとしたままの頭で下駄箱に手をかけたところで後ろから声をかけられた。「っおはようございます、」その声を辿って振り向くと笑おうとして失敗したみたいなちょっと不細工なぎこちない表情をしていた。「おはよ」くあ、またあくびを噛み殺して返事をする。
「寝不足ですか?」 「課題やってたから」 「お疲れさまです」
そこでやっといつものようにやわらかく笑ってくれる。その笑顔になんとも言えないもやもやむずむずした気持ちになってようやく付き合うことになったことを思い出す。 少なくともむずむずする程度には意識してるわけだ。 ふと足元に目を向ければかかとを踏んだ状態で、片方はほとんど脱げかけていた。たぶん俺を見つけて走ってきたんだろうなあ。そう考えるとおかしくて「ふは」笑いがこぼれる。
「なに笑ってるんですか?」 「いや、不細工なかおしてたなーと」 「会長ひどー、さいあく、おに!」 「はいはい」
宥めるように頭をぽんぽん叩くと一瞬ぽかんとされた。「か…い、ちょ」みるみる内に顔が真っ赤になって沸騰でもするのかと思った。そうか、こういうのに弱いのか。こっそり心のなかで覚えておこう、と決めた。 あたふたしてるのをからかうのもおもしろいけど、普通に会話したいしわざとらしいかもしれないが話題を変える。
「そういえばさ、お前」 「はい」 「翼とクラス一緒だよな?」 「あ、はい。天羽くんに伝言ですか?」 「そうそう、早く予算案提出しろって言っといて」
ああ、と納得したように手を打つ。昨日までは特に気にしていなかった細かい仕草だとか間だとかが目について自分がおかしかった。俺もずいぶん単純な男だな。 誤魔化すように手にしていた上履きを床へ落として中に足を滑らせる。ローファーをしまって彼女を見れば、なにか言いたそうな顔をしていて「どーした」覗き込んだらまた顔を赤くさせてうろたえた。
「なんでもないですよー」 「ほら、教室行くぞ」 「あ、はい」 「あのあとはすぐ寝たわけ?」 「え、」 「部屋に戻ってからってこと」 「ああ、いや、なんかテンションあがっちゃって」 「なんだそりゃ」
階段を登りながら他愛のない会話をとぎれとぎれに繰り返す。 別れる場所になって「じゃあ」と足をすすめるとブレザーの裾をひっぱられた。振り向けばしまったという顔をしていたからすぐ離されたその手を捕まえて「なんだー?」聞く。
「なっ、んでも、ないです」
おお、今の仕草可愛いじゃないか。感じないはずなのにブレザーの捕まれた部分が熱をもっているような感覚に陥る。
「わたしもう教室行きます!」
気を抜いたとたんに手を振り切られて、彼女はぴゃっと逃げて行った。 うむ、おもしろい。
(ぬい誕まであと4日)
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