逃げまわって逃げまわって、そこでようやく気が付いた。いくら忘れようとしたって無駄だということに。
わたしが彼を好きでいる間はダイゴくんの友達にはなれない。そして、どうしたってわたしはダイゴくんを好きでいるのをやめられないらしい。
そう悟って、絶望した。また笑って過ごせるようになりたかったのに、もうそれは叶わないだろうから。
ああ、わたし、帰れないのか。あの優しくて大好きだった彼らの元へは、もう、帰れない。ダイゴくんの大切な友達に戻れないんだ。
思い出が駆け巡っていく。
初めてテレビで見たバトル。偶然ココドラと出会ったミナモのまち。三人で遊んだ砂浜、エアームドの上から見た景色に、ダイゴくんの背中。ポケモンセンターのテレビで見たダイゴくんのインタビュー、落としたドーナツ。最後の電話。あの日々が帰ってこないことが悔しくてわんわん泣いた。
仲直り、したかったなあ。
ジュカインに抱きついたままいつのまにか泣き疲れて眠った。
寒さで目が覚めると、ジュカインはもう起きているで部屋にはいなかった。
昨日あれだけ泣いたのだから当然と言えば当然か。鏡を見るまでもなく目が腫れぼったくなっているのが分かって憂鬱になる。
カーテンの隙間から外を覗くと夜のうちに積もった雪で地面が隠れていた。雪がレフ板のように光を反射させて輝いている。きっと今日も寒くなるだろう。
足元を這う寒さを蹴って、寝る前の気持ちを引きずったまま身支度をした。

草むらでミクリくんとばったり会ったあの日、わたしはダイゴくんたちから逃げるためすぐにホウエンを出た。このままホウエンにいたらすぐに見つかってしまうと思ったから。
もしかしたら探したりなんかしないかもしれない。けれど、何故かダイゴくんなら探すだろうと思った。そしてわたしを見つけてしまうだろうと。
逃げ込んだシンオウの土地はホウエンとは違って寒かったし、知り合いももちろんいない。慣れなくて寂しかったけれど、気持ちを落ち着かせるには大変なくらいがちょうど良かった。ゆとりができるとつい考えこんでしまうから。
この土地で新しい恋をしようと思った。好きだと言ってくれた人もいた。
だけどその度にちらつくのはダイゴくんだった。
結局、ここまで逃げてきたって思い知るだけだったのだ。わたしがいかにダイゴくんが好きかということを。

「ジュカイン、おはよう」
「…」
「ジュカイン?」

身なりを整えてリビングに戻るとそわそわしたジュカインがわたしを待っていた。部屋の中をうろうろしたり、きょろきょろと視線を彷徨わせたり、身振りで何かを伝えようとしたり。

「どうしたの?」
「ジュ…」

どうやらジュカインも困惑しているようだ。落ち着かせようとポフィンを用意しているとチャイムが鳴った。

「誰だろ?」

突然の来客に慌てて玄関へ向かおうとすると、腕を引かれた。振り向いてもジュカインはじっとわたしを見つめたままだ。

「わっ、ジュカイン?本当にどうしたの?」
「……ジュカ…」
「わたしならもう泣いてないよ?」

心配しているのだろうか。安心させるように笑ってもジュカインはわたしを行かせようとしない。どうしたものかと思っていると急かすようにもう一度チャイムが鳴った。

「ほら、行かなくちゃ」

頭を撫でてあげるとようやく手を離してくれた。
玄関に向かう途中もやっぱり彼を思い出してしまうのは、わたしが馬鹿だからだろうか。
気持ちを切り替えるように頭を振って扉を開けた。

「はあい、どちら、さ、ま…」
「久しぶりだね、ななし」
「…う、うそ、なんで……」

なんで。どうして。うそだ。
同じ言葉がぐるぐると思考を絡めとっていく。
逃げたいのにわたしは動けない。だって、こんなことって。

「こんなとこにいたんだね」
「だ、…いご、くん」

手に持ったままだったポフィンが雪の上に転がっていった。



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