【獅子王】

朝、いつもと変わらず郵便受けを覗いた。政府や審神者間のやりとりに使われるそこには毎日の実績やお知らせ、たまーに他の審神者からの手紙が顔を出す。本丸の入口にあるものの、はっきり言ってわたし専用だ。なので毎朝ここを開くのはわたしの仕事なのだ。
いつものように郵便物をチェックしていると政府からの通知の他に一通だけ先輩から手紙が届いていた。審神者に就任した時にあれこれ教えてくれた彼。お行儀が悪いとは思ったが、懐かしさに負けて部屋に戻りがてら封を切った。

「先輩元気かなあ…えーと、なになに?」

目で文章を追っていくうちにとんでもないことに気が付いた。こ、これ、ただの手紙じゃない。ラブレターだ。ばさ、指から力が抜けて持っていたものをまとめて床にばらまいてしまった。手元に残ったのは彼からのラブレターだけ。うまく思考がまとまらず、ぼーっと立ち尽くしたまま動けないでいると後ろから獅子王に声をかけられた。そこでようやく我に返る。

「うおっ、書類踏むとこだったあっぶねー」
「しし、お…」
「なにつっ立ってるんだ?」
「これ…どうしよう」

震える両手で持ったそれがやけに心を重くした。鉛でも懐に入れたみたいだ。獅子王の目が文を追っていく。
脳内で文面を思い返した。拝啓後輩殿、春の日差しもうんぬん。後輩殿におかれましては。さて、この度は、あなたが、すきです。すき、あの人が、わたしを。顔が熱くなっていくのと比例して、心は緩やかに冷えていった。
優しい笑顔、壊れ物を扱うように頭を撫でた指先、真摯な瞳。思い出すのは彼の好きだったところ。でもそれは、それじゃない。わたしが彼を好きだったのは、そうじゃないのだ。
そうだ、獅子王はこれを見てどう思ったのだろう。いい気はしないはずだ。動揺に任せて彼に文を渡してしまったけど、それは考えなしだったのではないだろうか。

「なあ」

びくり。思いの外優しい声音に肩が跳ねた。恐る恐る顔を上げると、言い聞かせるように頬を撫でられた。その瞳に悲しみや苛立ちはなかった。むしろ嬉しそうですらある。

「返事、ちゃんとしてやれよ」
「でも」
「お前、そいつのこと好きなんだろ?」
「…うん、すごく、いい人だった」
「じゃあこんな終わり方はやめようぜ。たぶんそいつも分かってたんだよ。それでも気持ちを伝えないではいられなかった。…きっとさあ、すげー頑張って書いたんじゃねえかな」
「うん…」
「な?」
「でも、…ししお、は、その…嫌じゃないの?」
「嫌?」

きょとんとする獅子王。そんなこと考えもしなかったという顔だった。

「その、わたしが文をもらっても」
「ああ。嫌なわけねーよ、だってそれだけ俺の主が周りから好かれてるってことだろ。最高じゃん」

今度はわたしがきょとんとする番だった。それこそ考えもしなかった。そう、か、そうなのか。重かった心がふっと軽くなった。獅子王ってすごい。

「そっ、そっか」
「おう!それにお前の一番は俺だろ?心配することなんかなんにもねーじゃん!」

ぎゅっと強く強く、心臓を掴まれた気持ちだった。わたし、この人が好きだ。

「それよりこれさっさと片付けようぜ!じーちゃんが通ったら転んじまう」
「そうね、ごめんね」
「いーよいーよ」

先輩にはなるべく早く返事を書こう。なんでもないって言ってくれる彼に甘えすぎないように。



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