【小狐丸】

手の中のそれをどこに隠そうか。遠征から彼が帰ってきてしまう前にどうにかしなくては。急いで部屋の中で彼の目に付かなさそうなところを考えたがいい場所がない。本当に早くしないと帰ってきちゃうのに。
もう、いっそのこと書類に混ぜてしまおう。小狐丸は書類に手を付けることはほとんどないし、様々な所から来る分、匂いも混ざっている。少しくらい時間が稼げるはずだ。そう決めて隙間へ放り込んだところですぱん!と勢い良く襖が開かれて肩が跳ねた。

「主様、帰って参りました!」
「ひゃっ」
「おや、驚かせてしまいましたか?」
「小狐丸、おかえりなさい…」
「どうなさいました、まさかお仕事が滞っておいでで?」
「…う、うん!そうなの!」

とりあえず笑って誤魔化す。小狐丸は不思議そうに首を傾げている。懐に入れてある柘植の櫛を出して見せると嬉しそうに顔を綻ばせてわたしの前に座り込んだ。なんとか誤魔化せそうでほっと息を吐く。

「主様、今日もよう頑張りました。褒めてください」
「そう、小狐丸はえらいわね」
「はい!主様に褒めていただきたく日々邁進しておりますゆえ!」

ばれやしないかと冷や冷やしながら小狐丸の髪を櫛で梳いてやる。と、鶴丸が呼びに来て鍛刀が終わったことを教えてくれた。

「なあ、鍛刀が終わってるみたいだったぜ」
「えっ、ほんと?行かなくっちゃ!」
「いってらっしゃいませ」
「うん!行ってくる!」

不自然なほど勢い良く立ち上がった。思えば、これ幸いと部屋をあとにしたのがわたしの一番の間違いだったのかもしれない。いつもならわたしの後をついてきたがる小狐丸をおかしく思うだろう。しかし、とにかく離れることだけに意識を割きすぎた。わたしを見送った小狐丸の鼻がひくりと動いたことにも気付かずに鶴丸のあとを追ったのだった。
その結果がこれだ。壁を背に両腕で閉じ込められているわたし。と、閉じ込めている小狐丸。その向こうに見えるのはわたしが書類に紛れ込ませた恋文…の無惨にも破られた姿。ああ、もう、どうしてこうなったの。悪いのはわたしではなく送ってきた人だというのに。

「…それで、主様。あれはなんです?」
「あっ、あの、…ビリビリで分からない、かな?」
「ほう、しらを切るおつもりですか」
「やっ」

がぶり、首筋に噛み付かれる。噛んだところを舐めあげられて体が震えた。

「もっと噛まれたいですか?それとも…」
「言います!言います!」
「なにゆえ隠されたのです」
「送られてきたんだけど…小狐丸に見つかると、さ、最悪死人が出るかもしれないと思って」
「まあ、出るでしょうね」
「ちょっと、やめてよ?!」
「そもそも私の主様に文を送ろうなどと考えたことすら許し難いというのに!」

怒りはおさまったのか、不穏な気配は去っていった。今度はぎゅうぎゅうと抱きしめられて苦しいけど。ごめんね、と頬に唇を寄せてやれば小狐丸の機嫌はころりと戻る。

「ところで、どうして気付いたの?他にも手紙なんてたくさんあるのに」
「匂いで分かります。これは主様に懸想する者の匂いです。忌々しい!」

やはりあとで始末せねば。物騒なことをいう小狐丸をどうやったら大人しくさせられるのか誰か教えてください。このままじゃほんとにいつか死人が出そう。


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