【堀川国広】

どのくらい経ったのか分からない。足の感覚はとうになくなっている。時折爪先に走るちりちりとした痛みと、腕を組んで見下ろす国広の圧力がわたしを責め立てた。射殺すような視線でわたしを見る国広にへらりと笑いかけるとなんとにっこり笑い返してくれた。もしかして、許してもらえるかもしれない。淡い期待はすぐに溶けていった。火山に氷を投げ入れるのと同じくらいの速度で。やったことないから分かんないけど。

「えへ、へ」
「その顔…ぜんぜん反省、してないですね?」
「ひっ、ご、ごめんなさい!」

国広は微笑みを一瞬で溶かしてぎらぎらした瞳でわたしを見下ろした。こわい、怖すぎる。わたしは泣きそうになりながら姿勢を正した。
そもそもどうして主であるわたしが国広に正座させられているかというと、今朝行われた演練での出来事が発端である。いつものように演練を終えたあと近侍の国広を連れて相手側の審神者のもとへ挨拶に向かった。今日の相手だった彼とは同時期に就任したこともあり、いくらか話をしたことがある間柄だった。まさか彼に好意を抱かれていようとは思いもしないわたしは油断しきっていた。なんとその場で文を渡されてしまったのだ。どうしようとか、そういうことよりも国広のことが気になった。背後から伝わるぴりぴりした気配にさっと血の気が引いていく。あとが、怖い!
文は受け取る前に国広が「ではお預かりしますね」とにこやかな笑顔で受け取ってしまったため、わたしの手には渡っていないけど。大事なのはわたしが文を受け取ったかどうかではないのだ。主さんこの人にそんな勘違いされるような態度とってたんですかふーん、みたいなことを思っているに違いない。微妙な空気の中、国広に手を引かれて挨拶もそこそこに本丸へ帰ってきた。途端、部屋に押し込まれたわたしに宣告されたのは絶対零度のお達しだった。

「主さん、正座」
「はっ、はい!」

すごく機嫌が悪い。国広は普段優しくて温厚なぶん、怒るとすごく怖い。兼定はもちろん、清光や安定も逆らわないほどに。鶴丸だって国広にはちょっかいを出さないでいるもの。俯いて国広の視線から逃れても、頭のあたりに痛いほどに視線を感じる。怒ってる、国広すごい怒ってる。

「随分、仲がいいんですねえ」
「えっ、あ、あの、あの、同時期に就任しまして!それで!」
「それで?」
「他に同期もおりませんで!ひ、必然的に固まることが多かったと、言います、か」
「へえ?」
「あの、…ご、ごめんなさい」

何を言っても国広の気持ちはおさまらないらしい。こうなった国広に言い訳は通用しない。素直に謝って許してもらおう。

「国広、ごめんなさい。わたしが好きなのは国広だけだよ」
「知ってます」
「だ、だから許して欲しいな。ぎゅーって、してほしいな?」
「…はあ、ほんと、主さんってずるいですね」

国広は主に弱いんだよ、だからね…。前に清光に言われたとおり首を傾げて上目遣いに国広を見上げると、彼の唇がわたしを食べていった。あなたにはどれだけもずるくなれるよ。わたしは全部、国広のものだから。綺麗な瞳の奥の獣が姿を顕にする。ぜんぶ、国広のものにされていく。

快楽に飛んでいた意識を手繰り寄せて左右に視線を泳がせると国広はこちらに背を向けていた。その背中に擦り寄って尋ねると、満面の笑みで返される。

「あれ?そういえば手紙は?」
「手紙?なんですかそれ?」
「えっ?」
「そんなもの、ありませんよ」
「えっ、あ、はい」
「それよりもう一回しましょうか」
「えっ、あっん、」

熱を持った指先に誤魔化されてしまう。まあ、いいか。国広の機嫌がよくなったなら。そうしてまた思考を放棄した。
びりびりに破かれたそれが屑籠から見つかるのはまた少しあとのこと。



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