屋上庭園で星を眺めながら温くなったコーヒーに口をつける。もう片手に持ったシャーペンで膝の上のノートに書き込んでいく。この学年になっても課題に星の観察なんてものは出る。 ぎぎぎと重たい音がして顔をあげれば、もう春とはいえ夜には少し薄着の彼女がそこにいた。ドアノブに手をかけたまま動こうとしない。むこうも、まさか俺がいるとは思わなかったようだ。「かい、ちょ」小さく紡がれた言葉がかろうじて耳に届く。
「おう」 「あ、課題ですか」 「お前は?」 「なんだか寝れなくて」 「なんだなんだ、明日も早いんだからさっさと寝ろよなー」 「会長」 「ん?」
わざと感覚をあけるみたいに俺の座るベンチの隣のベンチに座ると急に真面目くさった顔で「会長」と言った。カップを隣においてまたノートに綴りながら相づちを打てば、予想もしていなかった言葉を投げ掛けられた。
「会長って好きなひととかいます?」 「なになに、恋愛相談か」 「…ちがいます」 「ははは、照れんな照れんな」
きっといるんだなとにやにやしながら言えば、いやそうに顔をしかめられる。翼と揃って可愛い弟、妹みたいなものだからこんな質問をされるとくすぐったいが嬉しい。 俺はなんだかんだでこいつらが可愛くて可愛くて仕方ないんだ。 今日の分の記録を書き終えてノートを閉じた。ペンケースに消しゴムやらなんやらをしまってまたカップを持ち上げて口元に運ぶ。ほろ苦い味が口内に広がってほやほやした意識がきゅっとなる。「ちがくて、ですね」ふやふやな定まらない声が迷路で出口を探すようにさまよいながら発せられた。
「いないよ」 「そうですか」 「いるって言ったらお前らしかいないじゃん」 「ああ、そうでした」
わざとらしくからから笑いってベンチから立ち上がり、距離を詰めるように俺のすぐ横に座りなおした。すっと息を大きく吸うと覚悟を決めたような瞳がこちらをじっと見つめていた。出だしが震えていたのは、怖かったからか。
「…い、ちょ、すきです」 「は、」 「好きなひと、いないんですよね、だったら、」
わたしと付き合ってみませんか。突然のその言葉に、なにかが喉にひっかかって空気を震わすことができなかった。口に含んだコーヒーを飲み込んで、浮かび上がった疑問も一緒に流し込んだ。
でかかった言葉のせいでひどく哽込んでしまって、「…大丈夫ですか?」と聞かれたので平気という意味をこめて何度か頷いておく。少し沈黙が続いて落ち着いたころに言いたかったことを忘れていることに気付いてなんだったかなと首を傾げる。 その様子をみていた彼女が不安そうに「あの、会長」と声をかけてきたので、ふむ、と考える素振りを見せた。 それでやっとの思いで口からでたのは「うん」という素っ気ない言葉だった。なんだ、うんってなんだ。跋が悪く思いながらもやっと彼女がほわほわの笑顔になったのでまあいいかと思った。まあ、いいか。
「すきなんです」 「ああ」
彼女の好きなのは、俺だった。
(ぬい誕まであと5日)
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