【薬研藤四郎】

演練の帰り道、今後の方向性など指示を受けたあと近侍の待つ所へ向かっていると後ろから声をかけられた。振り返れば文を片手に男性がこちらへ寄ってくるところだった。

「あの、これ!」
「え?」
「読んでください!じゃあ!」
「えっ、え?!まっ、ちょっと!」

引き止めるわたしに振り返ることもなく去っていった彼から、訳も分からないまま押し付けられるようにして文をもらったのが先週のこと。待って、と伸ばされた右手は薬研くんに声をかけられるまで所在なさげに宙を泳いでいた。
何度か政府の集会などで顔を合わせてはいたけれどほとんど知らないに等しい差出人。気のない相手にどうしたものかと困っていたら、今度は近侍が文をもらっているところに出くわしてしまった。なんてタイミングの悪い。
わたしは万屋に行きたかっただけなのに。自分に言い訳しても気になってこっそり物陰から様子を窺ってみると、町娘は可愛らしい顔を真っ赤にして薬研くんに文を渡していた。あの子見た事ある。確かお団子屋さんの…。勇気、あるなあ。
どこかぼんやりとそれを眺めていると、薬研くんはにっこり笑って恋文を受け取っていた。その光景を目の当たりにして自分の事は棚に上げ、ぐっと重くなったお腹の底でわたしが叫んでいた。どうして受け取っちゃうのと。
醜い自分を曝け出したくなくて、見なかった振りをしてその場を離れようとした。けど、先に用を済ませた薬研くんがこっちに来てしまった。いつの間にか町娘の姿はない。

「大将?こんなとこでなにやってんだ?」
「あの、万屋に行こうと思って」
「ああ、それなら俺っちもついていこう」
「…いい」

気遣った申し出が本当は嬉しかった。だけど何もなかったみたいに平気な顔で接してくる薬研くんが憎らしくて、可愛くないわたしがつっけんどんに拒絶する。分かってるもの、わたしは彼女のように愛らしくはできない。世間知らずな審神者と素直な町娘とでは天と地ほど差があるだろう。嫌なことばっかりが頭を占拠していく。怖くなって手のひらを握り締めた。薬研くんはそんなわたしを見てにやりと笑う。

「何が気に入らないんだ?」

言い聞かせるようなその声にそっぽを向く。分かっているくせに。わざとらしく片手にちらつかせる白。視界の隅を揺らす度に胸がちりちりと焦げていく。醜い嫉妬だ。どうして受け取っちゃったの?なんで笑いかけてたの?どうして、どうして。

「そ、れ…」
「ああ、これか?渡されちまってな」
「……」
「無碍にしてやるのも悪いだろ、頑張って渡してきたんだからな」

どうにか視線を文に向けて言葉を紡いだ。薬研くんは事もなげに言うけれど口元が笑っている。悔しい。いつだってわたしは薬研くんの思うがままだ。

「それに…大将が文を受け取ったんなら、俺っちだってもらってもいいだろ?」
「なっ、」
「妬いたんなら今後は気を付けることだな、たーいしょ」

だって薬研くん、もらった時だってなんとも思ってない顔をしてたくせに。なのに、こんな。全身を熱が駆け巡る。

「俺だって、妬くことくらいあるさ」
「…っ薬研くんの、ばか!」

耳たぶに唇が寄せられて今度はわたしが顔を真っ赤にする番だった。


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