【一期一振】

無理やり意識を集中させて書類と向き合ったものの、どうにも続かない。気分転換にお茶でも飲もうと部屋を出たところで困ったような薬研と鉢合わせた。

「おいおい大将、勘弁してくれよ。ありゃ一体なんなんだ」
「え?あれって?」
「いち兄だよ。朝からずっとあの調子だ」

薬研の示す方を見遣れば、ちょうど一期さんがむくれた顔で歩いている。まさしくわたしの集中が続かない理由。深い溜め息が転がり出た。綺麗なお顔は強ばって眉間にシワが寄っているし心なしか足取りも乱雑で、いつもの彼なら信じられない姿だ。薬研の言う通り、一期さんは朝からずっとあの調子でいる。理由は分かっている、けれど。思わず苦笑いが落ちてきた。

「あ、あー…はは、」
「どうにかしてくれ」
「どうにかって言われても」
「そもそも何が原因なんだ?」
「…えっと、恋文が送られてきたの」
「あー、その、なんだ、どうしようもないな」
「そうなの、わたしにはどうしようもないのよ…」

薬研が苦虫を噛み潰したような顔をした。尊敬する兄のあんな姿を見ればそうしたくもなるだろう。わたしに非があればすぐに謝ってしまえるのに、今回はそうもいかない。だってラブレターもらってごめんね?って意味が分からなさすぎるもの。
それにわたしと彼は、審神者と近侍であって恋人同士というわけでもない。確かにわたしは彼に思いを寄せているけれど、あくまでも片思い。だから一期さんの反応に戸惑いと期待をどうにも隠せないでいるのだ。もしかしたら、なんて邪推せずにいられない。
どうしたものかとじっと一期さんを見ているとばっちり目が合った。拗ねたような表情の彼が恨みがましくわたしを睨めつけている。

「えへへ…」

とりあえず手を振ってみたら、一瞬だけ表情を緩められたが、すぐにむっと引き締めてしまった。一期さんはそっぽを向くと足早に行ってしまう。そんなことをしても誤魔化されませんよ!ってところかな?がっくり肩を落としたわたしに薬研の溜息が重くのしかかった。

「大将、こりゃ年貢の納めどきだな。いち兄のもんにさっさとなっちまえ」

期待と戸惑いがわたしの中でごちゃ混ぜになる一方だった。


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