好きだったのに、と彼女は乾いた声で言った。居酒屋のなんとも言えないあの空気の中にそれはすんなり溶け込んで、どこかで酒を頼む声に掻き消されるのではと思うほどに小さなつぶやきだった。彼女の視線はサラダボウルかからあげの山か。どことない場所を見つめている。手にもっていたジョッキを呷ると、がん、と乱暴に机とぶつけた。ああ、荒れているなと思った。

「わたし、おかしいかな」
「なにがだ」
「ただ好きだったのよ、一緒にいたかった」
「…ふむ、」
「続きがほしかったんじゃなくてね、あの人の友達たちみたいに一緒にいたかったの」

ご飯食べにいったりゲームしたり、遊んだり、おんなとしてのわたしよりも友達としてのわたしのほうが強かったのかもしれない。サラダボウルだかからあげだかから一度も視線をそらさずに言った。それはなんとも精神的なつながりを求める言葉で、恋愛としては無欲であると思われた。どう声をかけたらいいか分からない俺を知らぬまま、当の本人は取り皿の上にたたずんでいたサラダをちまちまと口に運び、またビールを呷った。「おい、や」「すいません生中」めておけ。一瞬目があったが、俺の制止も聞かぬまま近くを通った店員に声をかけた。店員は貼りつけた笑顔でそれを了承し、カウンター内へと消えていく。待て、こいつにこれ以上飲ますな!

「だってこんなに、好きで、どうして一緒にいちゃダメなの?」
「駄目ってことはない、だろう」
「現にあのひとはわたしを遠ざけたじゃない」
「……ふむ」
「別に付き合いたかったわけじゃないんだよ、好きなことを知ってほしくて、前より一緒にいたくて、あれ?わたしやっぱり続きがほしかったのかなぁ、」

ねぇ、宮地。熱に浮かされたみたいなとろとろに溶けた目がしっかり俺をとらえる。間違ってないって言って。まだ好きでもいいさと言って。きっとそう訴えているんだろう。また困って「ふむ」俺もグラスに口を付けた。俺のグラスが空になった頃、彼女の頼んだものが運ばれてきた。店員が横目でちらりと俺のグラスを見、どうしますかと問ったので「…生中」代わりを頼んでから席を立った。トイレから戻ると、膝を抱えて壁にもたれながら携帯をいじっているのが見えた。店の橙色の明かりとは違った青白い光が悲しそうな顔を照らしている。

「わたし、望みすぎたのかな」
「さあな」
「どうしたらいいんだろう」

キスしてって言えばよかった?それともセックスしてって?自嘲気味に笑いながら携帯を閉じる。

「おまえ!」
「じょうだんだよ、冗談、」
「冗談でも言ってくれるな」
「だって」
「だってじゃない」
「……宮地」
「なんだ」




「なぐさめてよ」

重なった唇がひどく熱くて、溶かされるようだった。泣いているような、俺たちのはじまりだった。ああ、荒れている。

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