気だるげな瞳が潤んでいたからかもしれない。ただの気まぐれだった。

教団に来て半年。分厚い本を片手にほこりっぽい資料室へ毎日同じように足を運ぶ。その日はいつもとは違い、隅に見知った姿をみつけた。縮こまって本に目線を走らせているななし。
ユウほど無愛想ではないが、あまり愛想がいいとは言いにくいエクソシストの女の子。近すぎず遠すぎず、俺としてはまあ、悪くない関係を築いているとは思う。
目を伏せて膝の上の本を読む姿は、なんとも物語の1ページを切り抜いたようだ。換気のために付けられているささやかな窓から入り込む光の波が舞い上がるほこりを照らして輝いている。
彼女はまだ俺に気付いていない。よっぽど集中しているらしい。

「よおななし。何読んでるんさ」
「あ、ラビ」
「こんなとこにいたら、まーたリナリーに怒られるぞ」
「…内緒にしておいて」
「いいけど。で、なに読んでんの?」
「幸せな恋のお話」
「シアワセねえ…意外さ、ななしがそういうの読むの」
「そう、かな?結構好きだよ。わたしには関係ない世界だけど…少し羨ましいかな」

あの瞳がまたとろりと揺れる。そうだ、これ、だ。「こういうシアワセはわたしたちには望めないんだもの」そうこぼす唇が微かに震えていた。
その感情の揺れを見ないふりして、その寂しそうな唇にキスをした。いつも半分くらいしか開いていない瞳が大きく開かれる。もっと、もっとだ。

「なら、俺となってみる?シアワセに」

耳まで真っ赤にしたななしが小さく頷くのを見て、クールなエクソシストも少女であったということを再確認させられる。そうして、俺とななしの「シアワセごっこ」が始まった。

深く付き合うようになって知ったのは、彼女があまり物を持たないということと、諦めるのが早いということ。一度だけ訪れた部屋の中にはベッドと机しかなく、替えの団服がクローゼットの中に何着かと、リナリーにもらったチョコレートが机の上にあっただけ。
その部屋を満たしたくなって、任務の度に少しずつ何かを持ち帰った。好きそうなお菓子だとか、綺麗な髪飾りだとか、凝った装丁の本だとか。ユウには捨てられるからやるだけ無駄だと言われたが、あんまり懐かないペットにやるくらいの気持ちだった。
物は長く持てば自分の一部になるから嫌いなのだそうだ。だから、本当にただ自己満足で渡していただけ。なんかひとつでもあの瞳を揺らせばラッキー、くらいの。
どうせ、ななしも贈り物もこの名前と一緒に記録になるだけなのだ。ゲームとしてはもってこい。あのクールな表情をどうすれば崩せるのか。それは恋ではなく、ただの好奇心だった。

「ななし、これ」
「…いいのに」
「可愛い彼女にはなーんでもプレゼントしたいもんさー」
「ありが、と」

任務先で見つけた髪飾り。楕円形の大きな緑色の石がついたそれはなんだか自分の目の色に似ていた。

「…きれい」
「だろー?俺の、」
「ラビの目みたい」
「っ、」

まっすぐとこっちを見ていうものだから、少しだけ内側を削られた。ちくちくする、なんさ、これ。入り込まれるのが嫌で、笑顔のカーテンの裏へ隠れた。これはゲーム。愛着をもってはいけない。
好奇心を愛着に変えてはいけないのだ。俺の本音と本質は、どうやっても変わらないのだから。そう。変わらないはずだから。


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