その日、京子は夏目を誘って出かけるつもりだった。デートとまでは行かずとも、いっしょにどこかへ行けたらいいと思っていた。もちろん、途中でいい雰囲気になればとてもいいが、相手はあの夏目だ。そう簡単に進展が望めるものではないことは分かっていた。
とりあえず、一緒にでかけようと声をかけてみよう。そう思ってメールをしてみたものの、なんと先約があるという。悔しいが、それならば仕方がない。ただ、一度出かけようと思っていただけに、せっかくの休みだというのに家に引きこもって勉強をする気分にもなれなかった。
そこで、京子は鈴鹿を誘って買い物へ行くことにしたのだ。
鈴鹿はとても可愛い。口は悪いが、それも子猫が自分を大きく見せようとするのと似たもので、微笑ましくすらあった。本人にいうと拗ねてしまうので口には出さないが、そんなところが可愛いところなのだ。
ぶつぶつ文句をいいながらも、自分のお願いに付き合ってくれることに、また鈴鹿のことが好きだな、と思うのだった。

買い物といえば、新宿や池袋なども人気が高いが、慣れ親しんだ渋谷のほうが何かと勝手がいい。それに、鈴鹿を連れて行ってあげたいお店もある。出かけるために着替えながら、目を輝かせて頬張る姿を想像したら嬉しくなった。きっと鈴鹿がお腹を空かせて待っている。カバンに財布と携帯を入れて、急いで家を出た。
待ち合わせ場所に着くと、既に鈴鹿がそこにいた。

「遅い!人の事呼びつけといて待たせるとかなめてんの?」
「ごめんごめん。まさか鈴鹿ちゃんがこんなに早く着くとは思わなくて。けっこう急に誘っちゃったでしょう?」
「たっ、たまたま近くにいたのよ!」

鈴鹿は仁王立ちで京子を睨みつける。案外、自分と出かけることを楽しみにしていてくれたのだろうか?溢れる笑いが我慢できずについつい顔がほころんでしまう。こうやって鈴鹿は嫌そうな表情をするが、内心満更でもないことを知っている。
あまりいじめても本当に拗ねてしまうので、ほどほどにして目的地へ足を向けた。

「鈴鹿ちゃん今日のお洋服も可愛いわ。あのね、マルイの近くにあるお店がおいしくてね」
「うるせー乳女!腕を組むな!」
「フレンチトーストのお店なんだけど」
「ふ、ふれんちとーすと…!?」

ごくり。絡めた腕を振り解く力がゆるんだ。恐らく食べたことがないのだろう。この少女はジャンクフードなどその手のものに疎い。
スクランブル交差点を渡りながらふと見上げると、ビルのガラスの向こうに見知った影を見つけた。すらっと長い体に、幅の広いヘアバンド。

「…あら?あれ冬児じゃない?あそこ、ほら、ツタヤの上の…」
「ほんとだ…あいつあんなとこでなにやってんの?」
「デートかしら、女の子と一緒だわ」
「うわー…」
「まあいいわ、邪魔しても悪いし。行きましょ、鈴鹿ちゃん」
「引っ張んな!」

ドン引きする鈴鹿を再び引きずるようにして、京子はそのビルの脇を進んでいった。
また塾で会った時にでも問い詰めようと頭の片隅にメモをして。


そのビルの上にあるコーヒーショップでは、冬児が少女を半ば押し切る形で席へ座らせた。名前はななしだと言うのだそうだが、警戒しているのかもともと人見知りなのか、なかなか口を開かない。
視線が落ち着かずにあちこちをさまよっている。

「改めて、俺は阿刀冬児。よろしくな。同じくらいの年だろ?あんまり気を張らないでくれよ」
「うん。…えっと、わたしはななしやまななし、よろしく、」
「本当に礼を言うよ。なくしたらうるさいんだ」
「そんな…わたしこそ、その、こんな…」
「気にするな。さっきも言っただろ?待ち合わせしてるやつらがだいぶ遅れるみたいなんだ。それまで付き合ってくれればいいから」
「う…、うん。でもわたし話すの、と、得意じゃなくて…」

ちらっとこちらを窺うように寄越された視線が弱々しい。ななしは冬児の雰囲気に完全に呑まれている。その姿はまさに借りてきた猫。
ペースが乱されたまま、あれよあれよと言う間に何故か連絡先を交換することになり、気付いた時にはアドレス帳に一件、新しく「阿刀冬児」という見出しが増えていた。
なんか、慣れてるなあ。温かいキャラメルラテを口元に運びながら思った。

「阿刀くんって、なんていうか…」
「ん?」
「なんでもない」
「いいぜ、言ってみてくれよ」
「すごく…口がうまいよね…」
「ありがたい限りだな」
「褒めてないよ?」
「そういうお前も実はいい性格してそうだけどな」

にやりと笑う冬児にななしはむっと唇を尖らせるが、言い返さない。自分でも内弁慶だと分かっているからだ。人見知りが激しく、あまり交友関係は広くない。だが、心を開いた相手には思ったことをずばっという傾向にある、典型的な内弁慶。

「…阿刀くんやだ、こわい」
「そりゃどーも」
「オンミョージってみんなそんな、食えない感じなの?」
「塾生は厳密にはまだ陰陽師ではないけどな。というか、お前知ってるんだな、陰陽師」
「まあね。ジューニシンショーとかすごいじゃない」
「まあ…あれは別格だがな」

十二神将が特別なだけで、全ての陰陽師がああだというわけではない。少なくとも、春虎や夏目は自分のような感じではない。一般人からしたら「陰陽師」という括りとしては同じなのかもしれないが。
改めてななしと話してみると、やはり思っていた以上に癖のある少女だった。慣れさせるまでは少し手間だが、キャンキャンとうるさい子犬の懐柔なら鈴鹿で慣れている。
自分を取り巻く円の内側と外側。そのラインを超えてしまえばなんてことはない。だいぶ話し込んでしまい、あっという間に一時間が過ぎた。その頃にはななしも冬児への警戒心もすっかり萎んで、リラックスしたものだった。

「あ。阿刀くん、携帯鳴ってるよ」
「連れが来たみたいだ」
「そっか。じゃあわたしはこれで。なんかごめんね、奢ってもらっちゃって…」
「いや、拾ってもらって助かったよ」
「ゴミ捨ててくるね」

ダストボックスへ二人分のカップを持っていく後ろ姿を眺めながら、春虎と夏目はこの状況を見たら驚くだろうなと、ふたりの反応が楽しみになった。


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