知的、冷静、無表情。おおよそ、冷たい、という意味合いを含めた言葉を向けられる自分の上司は、実に仕事熱心で他人にも厳しいが、自分にも厳しい。
前日に仕事がおしていて間に合わなかった。取引先からの連絡がうまく伝わっていなかった。など、言い訳がましい説明を「…それで?」の一言で一蹴する。
そんな性格からついたあだ名は「女王さま」。
ある日誰かが言った、氷の女王さまは、決していい意味ではない。

正直、損してんな、というのが第一印象だった。もうちょっと中身を見せればいいのに、と。仕事もできるし、慌てている部下のフォローをさり気なくしているし、本当はかなり気を遣っている。ただし、この人のそういった綺麗な部分は巧妙に隠されている。いつも見えない。見せようとしない。
お得意の「それで?」もそれでその続きの説明は?という意味だし、本人に責めているつもりはまったくないわけだ。
実際、責めるようなことを言ったりしない。このあとどうしたらいいか分かる?他の人に手伝ってもらえる?今日は早く寝て明日はちゃんと来るように。エトセトラ。
失敗もなにもかも、彼女の中では過去のこと、という大まかなグループに属される。終わったことに何を言っても仕方がない。だから次は気をつけろよ、というのがこの上司のスタイルだ。
だというのに、多少…言い方に難がある。表情の乏しい美人というのは迫力のあるもので、何を思っているか分からないような顔で、声で言われたら、大抵のやつはビビる。その結果が今である。

俺としては、部長の、ななしさんのいいところは、俺だけが知っていればいいと思うが、ななしさんは何気に気にしているらしい。うまく表現できないの。ぽろりと溢れた本音は、イメージとはかけ離れたものだった。その本音に触れたとき、心臓をまるごと持っていかれた。
自分の気持ちに気が付いた時は社内恋愛なんてメンドクセーと思ったが、満更でもないな、というのが付き合ってみての感想だった。
例えば外回りで一緒になった時、堂々と二人きりになれたりだとか。
こうやって向かい側でクリームがたっぷり乗っかっているココアにそわそわしながら口を付けるななしさん。…悪くねーな。ふと、唇を舐める赤い舌に引き寄せられるように視線を奪われた。

「口の横んとこついてますよ」
「え?」
「クリーム」
「や、やだ、うそ」

ななしさんはバッグから慌ててハンカチを取り出した。綺麗にアイロンのかけられた、薄いピンクのハンカチ。あ、そっちじゃない。クリームがついているのとは違うところをふいて、とれた?とこちらを向く。

「全然取れてないです。ちょっと待って、…」
「?!」
「…はい、とれましたよ」
「ま、松岡くん、さあ…」
「なんですか?」
「…なんか、慣れてるね」
「え?ああ…妹いるんで、すいません。恥ずかしかったですか?」
「…?!わ、わたし、おねーさんなのに…っ」

親指でクリームを拭うと、顔を真っ赤にして震えている。つい江にやるように接してしまったが、随分驚かせたらしい。にやりと笑うと、動揺が目に見えて激しくなる。口をむっと尖らせて、オネーサンなのに。その言動にまた心臓を、それどころか脳までまるごと持っていかれた。
かっ…わいすぎだろ!懸命に血液を送り出す心臓をなだめるように深呼吸をする。

「ななしさんさ…」
「なにかしら」
「それわざとですか?」
「わざと?」
「そう。そうやって可愛いことばっか言うの」
「か、わ…?!…いくないわよ、」

照れと動揺とが混ざりあって視線があちこちを泳ぐ。不必要にココアの入ったカップにスプーンをつっこんで掻き混ぜた。ほんとに可愛いな。
もう少し、こうやって素直に感情を外に出せばうまく周りと馴染めるだろうに。それを想像して、口に含んだコーヒーが何故だかものすごく苦く感じた。



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