ななしと連絡がつかなくなったんだ。
青ざめた顔でダイゴがそう言ってきたときはよくないことが頭をよぎって私も心臓が止まるかと思ったが、ちゃんと話を聞くとポケナビが1週間ほど繋がらないということだった。
自分だって洞窟にこもると平気でそのくらい連絡を怠るくせに、ななしがそうなっただけでそんな顔をするとは、随分と自分勝手なものだなと思った。私とななしが普段、こういう思いをしているということを是非学んで欲しい。
それにしても、確かに彼女がそんなにも連絡を疎かにするのは不思議だった。
私たちは普段から連絡を頻繁にとりあうわけではないが、通話を無視したりすることは今まで一度もなかったからだ。ななしはまめなほうで、出られなかったときはいつも気付いてすぐに折り返してくれていた。
しかし、私はダイゴほど慌てることはなかった。薄情に思われるかもしれないが、ななしの行動を信用していたからだ。危ないことはしたりしないと。

「ダイゴ、私とななしはいつもこういう思いをしているんだぞ」
「そんなこと今関係ないだろ!ななしに何かあったかもしれない」

真面目な顔で言うものだから、溜め息が堪えられなかった。

「…ダイゴ、あの子にも、連絡をとりたくないときくらいあるだろう。私たちはただの、友達だ。こちらの都合を押し付けるのはよくない」

ただの、を強調して言うと、ダイゴがぐっと息を詰まらせた。その言葉に含まれる意味を分からないほどこの男はばかではない。
そう。私たちは友達だ。家族でも、恋人でもない。それぞれのテリトリーに踏み込みすぎてはいけない。相手を思っていないからではなく、お互いに踏み込まれたくないところがあることを知っているからだ。
困っている時や、つらい時は手を伸ばせばいい。でも無理に柔らかいところへ入り込むのはいただけない。
柔らかいところへ入っていい人は決まっているのだから。

「どうしても心配なら、踏み込んでいい立場になるしかない」
「そんなの、無理だよ」
「…無理じゃないさ、君が本当に望むなら」

そう、本当に望むのなら。君は入って行ける人なのだから。ダイゴの苦い顔を横目に、すっかり冷えてしまった紅茶に口をつけた。
それにしても、ななしはどうしてしまったんだろうか。


そのさらに数週間後、ようやくななしと遭遇した。草むらでジュカインとレベル上げをしているところだった。

「元気ならいいんだ。ただダイゴが随分心配していたぞ」
「心配?どうして?」

心配されていた本人はけろっとしていて不思議そうな顔をしていた。ポケナビが繋がらないことを話すと、困ったようにカバンからそれを取り出した。

「水たまりに落としちゃって…動かなかったの」
「そうだったのか」
「そんなに心配してくれるなんて思ってなくて、ごめんなさい」
「いや、いいんだ。それじゃあ連絡が取れないのも納得だ」

お金もないし、新しいポケナビは当分買えそうにないの。だから、なにかあったらポケモンセンターから連絡するね。そう恥ずかしげにいうななしに、心底安心した。信用しているから心配していないなんて、どうやら思い違いだったらしい。
くたびれたポケナビをカバンに戻したななしは、言いにくそうに「ダイゴくんは、」と小さく呟いた。

「ダイゴくんが、すごい人だったなんて知らなかったんだ」
「…ああ」
「ちょっとびっくりして、どうしたらいいか分からないうち壊れちゃって…だから、ダイゴくん困ってたよね」

瞳の奥を揺れている。この子はきっと分かっていない。自分がどれほどダイゴに影響を与える存在かを、これっぽっちも分かっていない。少し自分がダイゴから離れても、ダイゴが自分を心配するなんて思っていないのだ。
それは随分冷たいな、と思った。

「さっきも言っただろう?ダイゴは、君を心配していたんだよ」
「心配…」
「そうだ」
「ミクリくん、ありがとう」
「ダイゴには私から連絡しておくよ。しばらくこのあたりにいるのかい?」
「うーん、どうかな?まだ決めてないんだ」
「そうか。あまり無理はしないでくれよ」

まだレベル上げを続けるというななしと別れ、ポケモンセンターを目指した。
安心しきっていた私は、ダイゴという言葉に揺れる瞳や、ぎこちない笑顔に気付けなかった。
このあと、彼女をここで捕まえなかったことを後悔することとなった。



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