あれからポケナビはうんともすんとも言わない。まっくらな表情をしたまま、覗き込めばわたしの顔を映し出す。ひとりで勝手に拗ねてふくれっつらのわたしの顔を。

「これ電池きれてるよね…どうしよう」

好きな人の口から砂糖菓子の話をされるのが怖くて、かと言って全く気にしてもらえない場合も恐ろしくて、死んだままのそれを乱雑にカバンへ戻した。
もしかしたら変に思われているかもしれない。急に連絡がとれなくなって、心配しているかもしれない。
でも勘違いしてはダメだ。それはわたしがダイゴくんと、そしてミクリくんの友達だからだ。特別なことは何もない。ともだち。それだけ。彼にとっての友達が特別だということなら、話しは別だけど。
そもそも、全く気にしてない場合だってあるのだからそれも忘れてはいけない。

そんなことばかり考えているうちに、どうにか彼らの世界から抜け出したくなった。
そうだ、ホウエンの外を目指してみようか。いつか行ってみたいと思っていた他の地方。その時が今になっただけ。
そう言い聞かせて、地図を広げてはポケモンセンターのベッドの上で何度も寝返りをうった。あと少しだけ。せめてもう一度、ダイゴくんたちに会ってから。そう言いながら、もちろん会う勇気なんてないし、黙って出ていくことも怖くて動けずにいた。
わたし、さいていだ。
ダイゴくんのことを知ったつもりになって、知らない人に嫉妬して、本当にばかみたい。恥ずかしい。思い出すたびに涙が溢れて枕をびっしょり濡らしていく。

「わたし、ばかすぎる」

ダイゴくんとの距離は、もっと近いものだと思ってた。でもそれはとんだ勘違いで、実際はわたしなんかが気軽に話しかけたり、会ったり出来る人じゃなかった。
たまたま迷子のココドラと一緒だったわたし。
たまたまミクリくんと知り合いだったわたし。
そういう『たまたま』がいくつか重なったから友達になれただけで、…もう、それで十分じゃないか。
もともとわたしは、ダイゴくんに本当に会えるかも分からずに旅に出たのだ。会えただけで、友達になれただけで、いいじゃないか。とっても誇らしいことじゃないか。それ以上を望むのは欲張りすぎる。

「まさか告白する前に砕けちゃうなんてなあ。ダイゴくんもひどいな、教えてくれればいいのに」

涙で重たくなった瞼をしっかりあけて、深く呼吸を繰り返す。蕾をつける前に終わってしまった恋。この恋はおしまいにしよう。初恋なんて、うまくいくものじゃないんだから。

「うん、そうだよ。もう…もうやめよう」

決めてからはなんだか冷静だった。ゆっくり起き上がると、ポケナビを持って洗面台へ向かう。蛇口をひねって、そこへポケナビを放り込んだ。
思い出が水に浸かるのを眺めながら、なんとなく、ダイゴくんの怒った顔を思い浮かべた。怒られたことなんかないのに、へんなの。
もし会ってしまったら、ポケナビを壊してしまって連絡が取れなかったと言おう。まだ新しいポケナビは買ってないから、買ったら連絡するねって、なんでもない顔で笑おう。
蛇口から落ち続ける水の線をじっと見つめる。きっとダメになってしまっただろうそれを、タオルで拭いてカバンに戻す。
友達になろう。ダイゴくんにとって、大切な存在になろう。大丈夫、もう、大丈夫。

「出てきて、ジュカイン!」
「ジュッ」
「わたし、頑張るね」

赤い光をまとって現れたたくましいジュカイン。その大きな体に抱きついて、笑う。初恋は呆気なく終わってしまったけれど、それでダイゴくんとミクリくんとの関係が終わってしまったわけじゃないもん。
わたしたちは、ともだち。かけがえのない、ともだち。
わたし、あなたの友達でいたい、ずっと。



×