偶然の出会いからテレビの向こうの憧れの少年と知り合って、仲良くなってから数年が経った。
その間にダイゴさんとミクリさんは、ダイゴくんとミクリくんに。わたしも、幼いななしちゃんから少しだけ成長し、ななしになった。
わたしたちは誰もが、少しずつ大人へむかっている。子供のままではいられない。
でもわたしはそれでいい。早く、少しでも早く、大人になりたい。大人になって、ダイゴくんにつりあうようになりたい。毎日そう思っていた。

そんなある日、わたしはとんでもない事実を知ったのである。それを教えてくれたのは、わたしを旅へと導いた、テレビの向こうの彼だった。
遅いお昼ごはんついでにポケモンセンターで休んでいたわたしは、あんぐりと口を開け、齧り付けずにスカートの上にドーナツを落とした。ジュカインが不思議そうにこっちを見ていたけれど、それどころではなかった。
爽やかにインタビューに答え、画面の向こうで笑っているのは、どう見ても…。

「ダイゴくん!だっ…ダイゴくん?!」
「ななし?そんなに慌ててどうしたんだい?」
「わっ、わたし!知らなくて!だ、ダイゴくんってすごい人だったの?!」
「えーと、随分と抽象的だけど…ごめん、どれについてだい?」

どれについて?どれもだ。
デボンの御曹司で、ホウエンリーグの現チャンピオンで、そんな人がポケナビの向こうで笑っている。
わたしは今までそれを知らなかった。だ、だってダイゴくん今までそんなこと一言も教えてくれなかった。
分かってる。自分でわざわざ、そんなことを言わないのがツワブキダイゴという人であるのは、この何年かで知っているから。むしろそういう大仰なことは隠したがるタイプだ。僕は僕だよとか言って。
だけど、何年も友人だと思っていた人が、そんなにすごい人だったなんて目からウロコがぽろりと、それもギャラドスのウロコくらい大きいのが落ちてきた気持ちだったのだ。
ミクリくんもそんなことは一言も言わなかったし、それはダイゴくんの気持ちを汲んでのことなんだろうな。
自分も一度は目指したというのに、全トレーナーの憧れでもあるチャンピオンを知らなかったわたしもわたしではあるけれど、とにかく、それはもう驚いた。大好きなドーナツがスカートの上で転がっているのも忘れてしまうくらいに。
それと同時に、すごく恥ずかしくなった。

「わたし、全然知らなくて…ごめんね」
「どうして謝るの」
「あのね、わたし…ダイゴくんのこと、もっと知ってるつもりだったの。ごめんなさい」
「えっ、」
「もっと近くに思ってた。勝手に知ってるつもりになって、友達だと思ってた。ごめん、こんなにしらないことがたくさんあったのにね、…ごめんね」

好きな人のことなのに、わたしは彼のことを知っていると決めつけていた。
どれだけ謝っても変わらない。それがとても愚かなことだと、気付かされた。
ただでさえ遠すぎる距離を再確認させられたようでお腹の奥がずっしりと重くなってくる。

「僕も君のこと、知らないことばかりだよ」
「う、うん」
「だけど僕は…君を、ななしのことを…その、と、ともだち、だと思ってるんだよ」
「ダイゴくん…」

胸がぎゅっと締め付けられて、笑えなくなった。きっと彼は、柄にもないことを言ったと顔を赤くしていることだろう。でも、友達。わたしは自分で友達だと言ったのに、ダイゴくんに言われたら勝手に傷付いてる。
なんて自分勝手なんだろう。ダイゴくんは素直に言ってくれたのに。
そう思ったらこうやって大した用でもないのに電話をするのも悪いことのように思えた。

「友達は、知らないことがあって当然で、だけどいつでもお互いを知り合えるものだってミクリも言ってた」
「ありがとう、そうやって思ってくれてたなら嬉しいな…じゃ、じゃあまた」
「もう切っちゃうの?」

わたしの心が、ダイゴくんに向いていたせいだとは思う。
その声がひどく寂しそうで、拗ねたようだった。もう切っちゃうの?そんなこと、今まで言われたことあったかな?思い返してみても、今までは「またね」って終わっていたはずだ。
どうしたの?そう言おうと口を開いたのに、それはできなかった。
後ろから聞こえてしまったのだ、おんなのひとの、こえが。甘くてやわらかい、砂糖菓子のような声が確かに「ダイゴさん」と呼んだ。

「い、ま…どこにいるの?」
「家だよ」
「そっかあ、…あっ、わたしジョーイさんにボール預けたままだったんだ!ごめんね、またかけるね!」

あまりにも不自然な終わり方だったとは思う。それでももう話していられなかった。「ちょっと、ななし?」慌てるダイゴくんの問いかけを無視して、通話を終わらせる。
そのままディスプレイが真っ黒になるまで電源ボタンを長押して、カバンにしまいこんだ。
体の奥が、ぎりぎり締め付けられるようだ。

「おなか、いたい」

舞い上がっていた分、どん底まで落っこちていった気持ちだ。ドーナツを拾い上げる気力すら出なくて、ベルトで揺れるボールに知らん顔をして、両手を握り締める。
やきもちなんて、わたし何様のつもりなんだろう。



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