あの出会いをきっかけに、僕たちの距離は確かに縮まった。
会えば挨拶をするようになり、時間があれば食事をしたりお茶をするようになり、次第にポケギアで連絡をとりあうようになった。
自分の中に紛れもなく芽生えていく感情に、まだ名前はなかった。憧れというにはあまりに幼く、愛というには傲慢で、恋というには陳腐な、名前のつけようがない感情。
しかし、彼女は僕を知らない、つまり、ツワブキダイゴとして見ないという意味で僕を知らない女の子だった。それは少なからず、冷えていた僕の気持ちを暖めてくれた。
僕がツワブキダイゴでも、チャンピオンダイゴでもなくいられる少ない場所。
ミクリには感謝している。あの子とまた会えたのはミクリのおかげだから。
そんな大切な場所を壊したくない気持ちと、踏み越えてみたい気持ちがこちらを眺めているようだった。
僕にないものを持っているふたり。どれだけ僕が羨んでいるかなんて、君たちには分からないだろうな。ああ、もしかしたらミクリあたりは気付いてくれているかもしれないな。
でも、思っている以上に、君たちが羨ましいんだよ。
水辺でミロカロスたちを遊ばせている姿を木陰で眺めながら、こっそり目を細める。眩しかったのだ。他の誰でもない君が、とてつもなく眩しく見えたのだ。
それに気が付いたのか、ななしちゃんが大きく手を振っている。
「ダイゴさん!こっちに来ませんか?」
「ジュカジュカッ」
どっと心臓が跳ねる。見つめていたのがバレたのかと思った。
裸足を海に沈めて、白いワンピースの裾を揺らしながらななしちゃんが笑った。その揺らめきが波のようでひどく幻想的。まるで詩人だな。
「…僕は、いいよ、その、ボスゴドラがすねちゃうから」
「そっか、ボスゴドラは海には入れませんもんね」
納得のいく答えだったのか、寂しそうにしながらも頷いてくれる。ベルトのボールはそんなこと言ってないとでもいいたげに揺れているけど。ごめんよ、今はそういうことにしておいてくれ。なだめるようにボールを撫で付ける。
「じゃあ、わたしも休憩します」
「いいのかい?」
「はい。ジュカインに付き合ってたら体力がもちませんから」
それでも楽しそうに笑うななしちゃんにお腹の奥底がジリリと焦げていく。海のほうへ興味が隠しきれないジュカインに「遊んでおいで」と微笑む彼女の声が、さらに鼓動を早くさせる。
今まで僕が持っていなかったもの。これが好き、という気持ち、なのかな。名前をつけられないままでいる、未熟な僕。
そう意識すると恥ずかしくていつもの自分でいられなくなる。知り合ってからもう季節がぐるっと巡ったのに。
「どうしたんですか?」
「海がキレイだなと、思って」
「わたしもそう思います!やっぱり空を飛べるポケモンをつかまえようかな」
誤魔化す僕に気付きもしないで、ななしちゃんは真上の海を悠々と泳ぐキャモメの群れを指でなぞる。その流れを追うと満面の笑みがこちらを窺っていた。
チャンスだぞ、力強い瞳がそう言っている。僕は頷いて、彼女を見た。
「ねえ、エアームドに乗せてあげようか?」
「いいんですか?!」
僕を捕らえる宝石がきらっと輝きを増した。もちろん、いいに決まってる。エアームド、頼むよ。ボールから飛び出してきたエアームドは僕の緊張なんて知らないかのようにやる気満々で鳴いた。
ななしちゃんはエアームドに駆け寄ると、僕のほうへちらちら視線を送りながら「さっ、触ってもいいですか?」と聞いてくるから可愛くて、つい笑ってしまった。
「もちろん!エアームドも君のことが気になるみたいだ」
「すごく強そう…よろしくね、エアームド」
その横顔を見ながら、逸る鼓動を抑えつけてななしちゃんの手をとった。ふたりで見る空の世界は思った以上に気持ちのいいもので、僕はいつになく饒舌だった。
「きれい…これが、ポケモンの上から見るホウエン…」
「僕は洞窟の中も好きだけど、上からホウエンを見るのも大好きなんだ。ほら見て、ホウエンがまるで、ひとつの宝石みたいだろう?」
ホウエンをくるむ、大きな水の石に、火山の中の炎の石。それからあそこが…。僕の大好きなものが、今ここにほとんどそろっている。それが嬉しくて、だんだん緊張も忘れてななしちゃんとの距離感が分からなくなっていた。
ふと下から視線を外すと、思った以上に顔が近くて言葉を失った。
「あっ、ごめん!少しはしゃぎすぎたかな。かっこわるいな、僕。」
「そんなこと…わたし、嬉しいです。ダイゴさんの好きなものを教えてもらえて」
顔を真っ赤にしながらいうものだから、僕にまで熱がうつってしまう。
ミクリが下から手を振っているのを見ながら、どうやってこの時間を引き延ばそうか頭を働かせるのだった。