「ばかじゃないの」
「ご、めんなさい」
「ルリリ〜」

びしょびしょのわたしと、抱えられたマリルは、玄関で仁王立ちしたダイゴくんにきつく叱られていた。腕を組んで、綺麗な顔でいかにも怒ってますって眉間にシワを作っている。それでもマリルは外の雨が気になるようでずっとそわそわしているけど。また外へ行ってしまわないよう、ぎゅっと抱きしめる。

雨が大好きな、わたしのマリル。窓辺で外を見つめているぶんには可愛いものだけど、我慢できなくなったのか目を離した隙に外へ。それはまさに、あっ、と言う間だった。
急いでマリルを捕まえに自分も外へおいかけたけれど、なかなか捕まらない。マリルはすごく楽しそうにしていて、追いかけっこでもして遊んでいると思っているのかもしれない。こんなずぶ濡れになって、見つかったら絶対にダイゴくんに怒られてしまう。君はまたそうやって!うんぬん。
でも、きっと帰ってくるまでに捕まえられるだろうと、わたしは思っていたのだ。だけど甘かった。気付かないうちにダイゴくんが帰っていたらしく、やっとの思いで腕に抱えたマリルを叱りながら玄関を開けた時には、それはもう、愕然としてしまったわけだ。びっくりしすぎて、体が動かない。もしかして、ダイゴくんはへびにらみでも使えるのかな。
まずい、と思った。口元は弧を描いているのに、目はまったく感情を宿さない、凍てつくような温度だったから。

「で?」

冷えた視線に、きつい口調。みんなの知るツワブキダイゴではない。きっと、わたしとマリルしか、信じない。
それからはこってり怒られて、バスルームに放り込まれた。ぽいっと。

「あったまるまで、出てきたらだめだよ」

険しい声が、部屋の外から聞こえてきた。「出たら今日はもうすぐに寝ること」それから、それから。続くお説教に、分かってます。心の中でぼやいて、目を閉じる。
でも、少しあったまりすぎたのかもしれない。ふらふらする足取りで、自分の部屋へ向かったのだ。


深く沈んだところから、意識がゆっくり浮き上がってくる。ぼやけた視界に映り込んだ姿に、ああ、夢か。溶ける頭の隅で、なんとなくそう思った。
だっていつもわたしに厳しくて、冷たいダイゴくんが困ったような顔をしてわたしを見ている。ついさっき、怒らせちゃったばっかりだし。こんなの、絶対夢だもん。なら、いいかな?そう思うと、いやに素直に声が出た。「だい、ご…く」掠れた声でつぶやくと、驚くほど優しい声が落ちてきた。

「なあに」
「どうして、ここに?」
「どうして、かな」
「ゆめ?」
「……ななしがそう思うならね」
「そっ、かぁ」

ほら、やっぱりこれは夢だ。それは残念だなあ。あ、ダイゴくんの手、冷たくてすごく気持ちがいい。「そうかい」うん、すごく、気持ちいいよ。てのひらや、あの指輪の感覚が、少しだけ現実味を与える。まだまだ夢に浸かっていたいのに、また沈んでいく意識に抗えなくて、わたしは目を閉じた。
そうすると、また違う夢がみえた。ダイゴくんがわたしを抱きしめる夢。あったかくて、すごく幸せだ。
ダイゴくん、わたし、あなたが、

「…すっ、……あ…、さ?」

カーテンの隙間から入り込む光が、どのくらい眠っていたのか物語っている。わたし、あれからどうしたっけ?たしか、湯あたりして、ふわふわしたまま布団に潜り込んで…。そこで、はっとした。いつも机の横にある椅子が何故かベッドサイドにちょこんと寄っている。
もしかして。そう思うまで、そんなに時間がかからなかった。控えめにノックする音が聞こえて、扉が開く。転がるようにマリルが飛び込んでくる。「こら」マリルを叱る声は少し柔らかい。

「大丈夫?」
「えっ、うん」
「まだ少し熱があるみたいだから」
「ダイゴくん風邪ひいたの?」
「僕じゃないよ、君だ」
「うそ」
「…君は本当にばかだな!」
「うっ」

呆れたように吐き出された言葉にびっくりした。かぜ、わたしが。じゃあ、あれは湯あたりじゃなくて…だから、ダイゴくんはここにいてくれたのか。

「ダイゴくん」
「なんだい」
「あの、あのね、ありがとう」

ぱちくりと目を瞬かせ、柄にもなく顔を赤くするダイゴくん。かわいい。ぎゅっと胸が締め付けられて、苦しい。これは風邪のせいじゃない。

「ななしのくせに、なまいきだ!」

いつも冷たくて、厳しいダイゴくん。でもそれだけじゃない。わたしは、そういうダイゴくんが好きなのだ。
もう少ししたら、言ってみようかな?

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