なぞるその指先が、わたしを責めた。心臓のあたりが氷漬けにされたように、ひやっとする。指の付け根を確かめるように何度も何度も撫でるその仕草が、無意識のものだとしても。

「どう、したの」
「なんでもないよ」
「…そう」
「ねえななし」
「なあに」
「…すきだよ」
「……そう、」

うとうとしながらもわたしの手を離さない真琴の髪を撫でれば、嬉しそうに目を閉じる。その顔がとても幸せそうだからなんだか泣きたくなった。
わたしにそんな顔をしたらだめなんだよ。

わたしが真琴と再会したのは本当にただの偶然だった。高校を卒業して以来だろう。
家に縛りつけようとする義母も、それを気にかけもせず自分勝手で暴力をふるう彼にも、全てを流せるだけの余裕も別れる勇気もない自分にも嫌気がさして、いつもは行かないような遠くまで行きたくなって、電車に乗ったあの時が運命の別れ目だったのだろう。

後ろから掴まれた逞しい腕を辿れば、大好きだった笑顔がわたしを見つめていた。薬指の呪いには気付いていたみたいだったけど、昔のように接してくれる真琴にわたしは甘えたのだ。
いけないことだとは分かっていた。けれど、耐えられなかった。あまりにも弱いわたしの心は、簡単に真琴に捕まった。

「ななし、あのさ」
「うん?」
「今日は、うちに泊まっていきなよ」
「だ、だめだよ、そんな」
「お願いだから、今日だけだから、」

何度かふたりで会ううちに、心は真琴に傾いていった。だから、そう言われて体が固まった。まるで心の中を覗かれたみたいで。

お願いだから。真剣な真琴の姿が本当に昔と変わらないから、そう言い訳してわたしは初めて彼に嘘をついた。
今日は高校時代の後輩の家に泊まります。どうせ見ないだろうけど一言だけメールをして、携帯と指輪をリビングの床へ放った。強く引き寄せられて、そのままシーツの波にさらわれたのだ。
最初、真琴はわたしの体を見てひどく驚いたようだった。それもそうか。こんなアザだらけの体、見たら普通は驚くよね。
でも自業自得なの。だからそんな痛そうな顔をしないで。そう伝えたくて、真琴の背中に腕をまわした。
なにも、考えたくなくて。

それがすべての始まりで、終わりだ。続きなんてない。
わたしの手を握って眠る真琴の額にお別れのキスをして、ベッドをこっそり抜け出す。
この幸せな時間も、今日でおしまいだ。わたしはこの人と関係を持ってしまった。無関係ではいられなくなってしまった。彼から真琴を守らなくては。そうするには、もう真琴と会わないようにするしかない。
ローテーブルに置いてあった真琴の携帯からメールの履歴やアドレスを消していく。「…ななし」寝言が聞こえてベッドに戻りたくなった。そんなことはできないけど。服を着て、軽く荷物をまとめて音を立てないよう部屋を出た。

もうあの大好きな人に会えないかと思うと苦しくて、エレベーターの中で少し泣いた。街は少しずつ目覚めていく。わたしがまた、あの場所へ戻っていく。なにも変わらない日々がまた繰り返される。

しばらく元の日常を送ったが、彼の暴力がご近所にばれてわたしたちは法的に他人となった。実家に帰るわけにもいかず、知り合いのいない場所でなんとか生活している。
最近なぜだか、あのときのことをよく思い出す。つらかったわたしを見つけてくれた真琴。今日だけだからと泣きそうな顔でわたしを引き止めた真琴。どれも思い出す度に息が詰まるのよ。
銀色の呪いはもうない。今日は誰かが来る気がして、わたしは新たな呪いを待ち望むのだった。



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