ミクリさんの案内でルネのほとんどを回ったわたしは次のコンテストへ向かうという彼とともに、何日かお世話になったポケモンセンターを離れた。
ルネは、想像していたよりもずっと素敵なところだった。ジムはとても手強かったけれど、行ってよかったと心から思えた。
ミクリさんはこのまちをとても愛しているようで、風の声や空からまあるく降ってくる陽の光や、のどかさの素晴らしさをひとつひとつ教えてくれた。
わたしたちは空を飛べるポケモンを持っていないので、あの写真のような景色は見ることができなかったけれど、自分の足で歩くまちというのはそれだけで心が踊る。そして、離れるときは少しだけ寂しくなる。
ポケモントレーナーって、きっとそういうものだ。
「素敵なところでしたね」
「ああ、そうだろう。君もまた来るといい」
「はい。行きたいです!」
「ここからはその道を使ってミナモへ行くといいよ」
満足げに頷く彼に手を振って、歩き出したそのとき、あの、胸のうちが騒ぎ出す声を耳にした。
ぜったい、聞き間違いじゃない。油が切れたブリキのように動きが悪くなった。
「やあ!ミクリじゃないか!」
「ダイゴか、久しぶりだな」
ちらり、少しだけ目線を這わせるとやっぱりそこにいたのはダイゴさんだった。ミクリさんはダイゴさんと知り合いだったのか。
ゆるんだ空気に、ふたりの仲の良さを感じ取る。わたしが初めて会ったときとは違う、ゆるんだ空気。
気付かれたいけど気付かれたくなくて、見つからないうちにその場を離れようと急いでミナモへ足を向けた。
でもそれは、ミクリさんの呼びかけによってなかったことになったのだけど。
「そうだ、ダイゴ。ちょうどよかった。紹介したい子がいるんだ」
「…へえ、ミクリがかい?それは、珍しい…ね?」
「とてもいい子だよ、ななし!待ってくれ、あのエアームドの…」
ミクリさんがこちらに微笑んで、手招いている。無視できずに振り向くとその隣の冷えた色をしたダイゴさんと目があって、気まずくてなんとなく俯いた。とても冷たい、ひとみ。「君は…」びくり、体が強ばる。
「おや、知り合いなのかい?」
「えと、しり…あい…というか、」
凍った彼を目の当たりにするのが怖くて怖くてどうろの砂利をじっと見つめていると、ミクリさんの靴先が視線に入り込む。「ななし、どうかしたのかい」いえ、あの、わたし。胃がじわじわして、心臓が痛いくらいに暴れ回って、呼吸が苦しくなる。「久しぶりだね、ななしちゃん」その声に重たい体を動かした。
「前に話しただろう?ココドラが迷子になったときの」
「ああ、あれは彼女のことだったのか」
「だいご、さん」
「…君が、まさかミクリと知り合いだったなんてね」
「はい、よくしてもらって、ます」
「わたしのほうこそ、君の話を楽しく聞かせてもらっているのに」
見上げた先には、もうあの冷たい突き刺さる宝石はなかった。ほっと胸を撫で下ろす。「一緒にルネに行っていたんだってね」ちくり、刺が刺さる。あ、れ?
違和感を感じてもう一度彼の瞳を覗き込むと、あの時とは違うゆらめきを見つけた。
「あの、ダイゴさん…?」
「ん?」
「そうだななし、彼があの写真を撮ったんだよ」
「…っミクリ!見せたのかい?!」
「見せたよ」
それがなにか?あっけらかんと言うミクリさんに、ダイゴさんは顔を赤くさせて慌てている。ふたりは本当に仲がいいみたい。喉に引っかかるもやもやはいつの間にかとれていて、なんだ、あれは気のせいだったのかもしれない。
「あの、お久しぶりです」
「る、ルネはどうだった?」
「素敵でした」
「そう、よかったね」
「はい、それじゃあわた、」
「待って」
わたしはこれで、わたしの言葉はダイゴさんによって遮られる。「ぼ、くは、」ゆらゆら、瞳がゆれている。掴まれた手首がひどく熱い。すきだ、すき、手首が悲鳴をあげている。
「は、はい」
「ぼくは、…君とまた、話がしたいな」
「え?」
「おや」
「…だから、またお茶でもしよう」
「い、いん…ですか?」
「もちろん、君がよければ」
かっと体が沸騰したようだった。うれしい。動揺して視線をあちこちへ向けると微笑んだミクリさんと目があった。優しく頷かれる。
「だめかな」
「だめじゃないです」
わたし、ようやくあなたに少しだけ追いつけたような気がします。