一緒になって、しばらくの間は新しい発見ばかりだった。その発見はどれもわたしには素敵なもので、彼をより一層愛おしいと思うにいたるものばかり。
本を読む時に少し丸くなる背中や、ページをめくる綺麗な指先にぐっと胸が熱くなる。すきだなあ。
マツバさんはいつも背筋がぴっと伸びているけど、本を読む時だけは少し姿勢が崩れるのだ。集中しちゃってるんだろうか。
それがなんだかすごく好きで、マツバさんが本を読んでいるときは少し離れて何かしているふりをしながら、こっそり眺めている。

太陽がさんさんと庭を照らし、風が木々を揺らす音やポッポたちの鳴き声の隙間を、ページをめくる音がときどき通り抜けた。
わたしもマツバさんもグラスの中の麦茶はもう空だったので、読書の邪魔をしないよう静かに立ち上がって台所へ向かう。

今日のお昼はどうしようかな、暑いから素麺がいいかしら。マツバさんは冷たいお蕎麦も喜ぶだろう。あれこれ考えながら麦茶の入ったボトルを冷蔵庫から取り出す。
居間へ戻る途中、マツバさんと出会った。どこか、むっとした表情をしている。

「あら、マツバさんもう読み終わったんですか?」
「え…ああ、いや、まだだよ」
「お茶ですか?それなら今とりにいってきたところですよ」

戻って飲みましょうと言うと、「違うよ」目尻をさげて笑う。マツバさんはそのまま続けた。「君が、いなかったから」どきりとした。汗をかいたボトルから冷たい雫が落ちて足の甲を濡らす。

「え?」
「気付いたら君がいなかったから、…どこに行ってしまったんだろうと思って」
「だ、台所へ行っていただけですよ」
「うん。分かっているんだけど」

君がいないのはどうにも落ち着かなくて。ぽろりと溢れたその言葉に、強く強く、心臓のあたりを掴まれた。体が熱い。うっかりボトルを落とさないようにしっかりと持ち直して、なんでもない振りをして「今日のお昼はお蕎麦にしましょう」と言った。きっと、照れているのはバレている。だって堪えきれないというように、口元に手を当てて笑っているもの。

「君は素麺のほうが好きじゃないか」
「あなたはお蕎麦がお好きでしょ」
「…すき、だけど」
「だからお蕎麦にしますよ」

居間に戻ると、涼しい風が通り抜けていた。



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