「すたば…スタバ、行こう」
ぱんぱんに浮腫んだ足を引き摺りながら、コートとかばんを持って建物を出る。貼りつけた笑顔のせいでほっぺたがつらい。大学もあと1年で終わるというのに、内定はとれてないわ卒論は進まないわ、散々だ。柔らかな日差しに、すっかり春を感じるようになった。それどころか、日焼けを気にする必要があるくらい暑い日もある。今日の会社、どうだろう。ぱかり、携帯を開き電源を入れる。メールのチェックをしながらため息を吐いたら「いてっ」前の人の背中にぶつかった。
「す、すいません!…なんだ」 「なんだってなんだよ」 「ううん、ごめんね、マキ」 「あ、いや…いいけど」
よかった、知らない人じゃなくて。これ以上いらない愛想は振り撒きたくなくて、もし知らない人だったらと考えたらげんなりした。マキも今日は就活だったみたいで、スーツを着ている。まあ、終わったからだろうけど、ネクタイが緩んでいた。そういえばマキがスーツ着てるの初めて見たかも。気付いたら急にドキドキしてきた。わたしはマキのことが好きだ。中学生の頃からだから、もう9年?長いな。高校も大学も違うからたまに遊んだり、こうして偶然ばったりって時じゃないと会うことはないんだけど。
「今日なに、面接?」 「ちがーう説明会ー」 「あー。そこ受けんの?」 「悩み中。マキは?」 「俺は面接。これ通ればなー」
とりあえず二人でスタバに移動しながら、今日のことを話し合う。マキは今日のが通ったら内定がもらえるらしい。わたしはまだまだで、置いていかれた気持ちになる。いつの間にか開いた身長差も、知らない内に黒く染まった髪も、嫉妬した。わたしの知らないマキができていく。置いていかれる。前だったら、女の子の中で一番仲が良かったのはわたしだった。自信を持って言える。でも、今はどうかなあ。大学の子、可愛いだろうか。
「お前頭いいから院行くかと思ってたわ」 「ん?んー…考えたけどねぇ」 「なんだよ」 「みんな就職だしさあ。晃一も伊澄も。置いてかれるのやじゃん」 「いや、置いてかれはしないだろ」 「気分の問題」
マキはそんなもんか?と言いたそうな顔で、ふーんなんて相槌を打つ。店内に入ると涼しい風が気持ちよかった。飲み物を頼んで、席を探すとちょうどふたり座れるところがあった。「なんかさー」椅子に仰け反るように座りながらストローにかじりついて彼は言う。
「なんか、大人になったよな」 「大人?」 「そう。高校の頃とかさ、マックばっかだったじゃん」 「まあ…」 「金銭的に余裕できたよなー」
わたしは大人に近付くたびに心の余裕がなくなってくよ。そんな思いは表に出せるわけもなく、曖昧に笑って「そうだね」なんて誤魔化す。 マキの細長い指がストローをいじる。さわり、たい。
「マキ、彼女は?」 「…嫌味か?」 「違うけど。いないの?」 「いねぇよ!ずっといねぇよ!」 「わ、わ、ごめんごめん落ち着いて!」
文句あるかよ!きゃんきゃん。マキは仔犬のように吠える。きゃんきゃん。「就活やだなぁ…」ぽつりとこぼれた言葉に、マキも同じように嫌そうな顔で頷く。働くのはいいんだけど、それまでがいや。早く大人になりたい。でも知らないマキが増えていくのは怖い。どうしようもないジレンマだ。狭いテーブルの上で手が触れた。きゅっと胸の奥が甘く痛む。すきだー!と言う気持ちがばばーんと大きくなって、まだいいかな、なんて思い始めた。まだ、いいかな。このままでも。
「そろそろ出る?」 「だな、帰るか」 「うん。明日も説明会だー」 「俺もだ」 「マキ」 「ん?」
好きだよ、といいかけて、やめる。就活が終わったら言おう。「また遊ぼうよ」代わりに出たのはそんな言葉。お互い忙しいだろうけどさ、息抜きしたいし、伊澄たちも呼んで遊ぼうよ。取って付けたような台詞だったけど、マキは何も言わないで頷いてくれた。
それは、わたしが頑張れるということ。
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