わたしが初めて彼に、ツワブキダイゴに出会ったのは、12歳になった頃だったと思う。偶然だった。

その日はとても天気がよくて、気分も晴れ晴れするような日だった。わたしはポケモンセンターの通信でお母さんとお父さんと話して、ミナモデパートで買い物をした。
休憩がてら、街中のベンチでポケモンたちにポロックをあげる。空高く流れる大きな雲はもこもこしていて気持ちよさそうだ。ジュカインとふたりでベンチに並んで見上げていると、知らないココドラが足元へ寄ってきた。

「君はどこの子?」
「こここ?」

ココドラはわたしが首を傾げるのを真似して顔を傾げる。かわいい。こんなところに野生のココドラがいるわけないから、きっと迷子。近くに、少なくともミナモの中にはトレーナーがいるはず。あたりを見渡してみても、それらしき人は見当たらない。
ジュカインがココドラに話しかけているのが微笑ましくて眺めていたら、ポロックをくれと、一生懸命ジェスチャーをしてきた。

「ポロックがほしいの?」
「ジュカッ」
「ああ、その子にあげたいんだね」

ジュカインはとても頭がいい。どのポロックがどんな味をしているのかだいたい知っているから、ケースをそのまま彼に渡した。わたしもココドラとお話できたらな。きっと楽しいだろう。

「こんなところにいた」

ポロックを食べているココドラの横にしゃがみこんで背中を撫でていると、背中に声が降ってきた。ココドラも嬉しそうな声を上げる。
この子のトレーナーが迎えに来たとすぐにわかって振り返ると、そこにいたのは画面の向こうで一度だけ見た彼だった。何年も経っていてあの頃よりも少し大人っぽくなっていたけれど、わたしには何故かすぐに彼だと分かった。
体が急に自分の物じゃなくなったようで動かない。

「あ、」
「ココドラ、ダメじゃないか。それは君のおやつじゃあないんだよ」

彼もわたしと同じようにしゃがみこんで、呆れたような安心したような声でココドラにそう言った。わたしはずっと追いかけていた人に会えたのに嬉しいのか怖いのか分からないけれど、言葉がうまく見つけられなかった。
心臓だけが変な動きをしている。なにか、言わなくちゃ。だけど彼の瞳を見つめたら全部だめになった。
恋というものを、初めてはっきりと感じとった。あの画面ごしの憧れではなく、初めて深い瞳の奥で『恋』に触れたのだ。

「ごめんね、僕のココドラが…」
「う、うん、大丈夫です」
「君のジュカイン?強そうだね、すごくいい」
「っありがとう!」

お父さんにもらった大好きなジュカイン。強くて優しいジュカイン。そんな彼を褒められるのはどんなことより嬉しくて、つい叫ぶように言った。
彼もポケモンが好きなんだ。それを思い出したら、少しだけ言葉が帰ってた。

「本当によく育てられているね」
「わたしの一番のパートナーなの」
「そうなんだ」

言いたい。あなたを追いかけてここまで来たのだと、伝えたい。太陽の光にきらきら反射して透き通るような髪が眩しいくらいに綺麗だ。

「…穴が空いちゃうよ」
「あっ、ごめんな、さい!」

困ったように笑っていうから、本当に穴が空いてしまったんじゃないかと思った。彼は立ち上がると手を差し出して立たせてくれた。

「僕はツワブキダイゴ。僕もトレーナーだよ」
「わたしはななしです」
「ななしちゃん、ココドラのお礼にお茶でもどうかな」
「え、」

はい、と言えばいいのに、それが口からでない。ジュカインとココドラの遊ぶ声も、まわりの雑音も、全部聞こえない。ばかみたいだ。お礼にお茶に誘われてるだけなのに。デートでもなんでも、ないのに。握られたままの指先が震える。だめかな?そう言われてようやく頷いた。

「だ、めじゃ…ないです」
「そう、よかった。近くにいあお店があるんだ。よかったらそこに行こう」
「はい」

ココドラをボールに戻すために離れた手が、すごく寒くなった。
それが当たり前なのに。


×