わたしが旅に出たのは、10歳の誕生日を迎えた次の日だった。
希望に満ちた旅立ち。

昨日お母さんはこれがプレゼントよと、軽くて物がたくさん入る可愛いかばんをくれた。それはわたしがほしいなと思っていたようなかばんで、ポケットもたくさんついていて、すごく使いやすそうだったからすぐに気に入った。
いくつかのきずぐすりやボロボロのホウエンマップ、仲間を増やすためのモンスターボール。準備万端だ。

家を出るとき、お母さんは心配そうに忘れ物はないかと聞いてきた。

「大丈夫、お財布も持ったし、マップもある。お母さんのお菓子もちゃんといれた!」
「もう、そういうことじゃないのよ!ほんとに分かってるのかしら」

呆れたような口調で言うけれど、心配してくれているのだろう。
お父さんはその隣でぶっつりとした表情のまま、大きな拳骨をゆっくり差し出す。

「なあに?」
「手を出しなさい」

握られた手のひらが上を向いて開かれ、小さくなったモンスターボールがころんと転がる。おそるおそる受け取ると、怖い顔を崩して、こいつを連れて行きなさいと言った。
中から出てきたのは、黄緑色の体をした、小さな子。
うれしくてうれしくて、口を閉じたままのお父さんに、ぎゅっと抱きついた。キモリもお父さんの足にしがみついた。この子はわたしが旅に出たいと言ったあのあとに、お父さんがオダマキ博士からもらってきたポケモンだ。いつもお父さんと一緒だった子。お父さんにとても懐いていたからきっと寂しかったのだろう。

「がんばりなさい、」

はっきりと、そう聞こえた。あんなに旅に出ることに嫌そうな顔をしていたのに。わたしは抱きついたまま、何度も頷いた。頭を撫でられて泣きそうになる。
今時みんな10歳を過ぎれば旅に出ていたし、そらをとぶを覚えるポケモンがいればいつでも戻ってこられるというのに、なんだか急に旅に出るのがさみしくなったのを今でも覚えている。
あの、無口で頑固なお父さんが、悲しそうに眉毛をさげてがんばりなさいと言ったのは、わたしにとってはそれくらい重たいことだったのだ。
お母さんもわたしの頭を優しく撫でて、もう行きなさいと言った。

「わたし、絶対にチャンピオンになるから」

わたしは目を輝かせて強くそう言うと、足元で気合いを入れているキモリを抱き上げて走った。次に帰ってくるときは、自慢できるような仲間を増やしてくる。そうして、彼に会っても恥ずかしくない自分になる。
誰に誓うでもなく、強く強くそう思った。振り返ってしまったら、なにかが損なわれてしまう気がして振り返らないまま、コトキを出ていったのだ。

この時のわたしは、テレビの向こうの彼に憧れている少女だった。旅を重ねて、彼に、ツワブキダイゴに出会うまでは。



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