「好きなんだ、ななしやまさんのこと」
「…え?」

少しだけ、前の話をすることにする。
気付けば、同じ講義をいくつか受けている人がいる。彼は高瀬くんと言って、高校のときは野球部で活躍していたという話である。
話である、というのは、わたしが直接聞いたわけではないからだ。なにぶん彼はイケメンというやつでそのうえ性格もよく、男女問わず友達が多い。わたしの友達にも高瀬くんと仲がいい子はいて、わたしも何度か挨拶をしたことはあるが、雲の上の人という印象だったから深く話す機会はなかった。

なかった、はずだった。
いつ頃だったか、隣の席に座ったことがきっかけで、他にも同じ講義受けているよね、的な話をし、そこから音楽の趣味が合うことやよく行くパン屋さんが同じだということが分かり、仲良くなった。彼は気さくな人間で、まわりに人が集まるのは当然だなあと他人事のように思っていた。仲良くなりつつも、どこか遠くの人のような気がしていたのだ。
しかし、彼は気さくで話しやすく、趣味も合う性格のいい一番身近なイケメンだったのだ。当然のように少しずつ彼を好きになった。

高瀬くんを好きになってからは自分の中の醜い部分がひどく目立ち始めたように思う。ようは、嫉妬心がむくむくと膨れ上がったのだ。わたしは講義のペア課題に誘い、少しでも一緒にいられるようにした。
今日も彼が誕生日の日に、会う口実として、課題を進めよう、とふたりで図書室に来ていた。プレゼントの入った鞄や荷物を学習室の奥において、資料を探しているところだった。誕生日だというのに、いつもより口数が少ないような気はしていたけれど、突然静かになった彼を不思議に思い、本を棚に戻して高瀬くんの隣へ行った。

「高瀬くん?」
「…あのさ、ななしやまさん好きな人とか、いる?」
「え、」
「いる、よな」

覗き込むように彼の顔を見上げると、表情のない高瀬くんがいた。いつも表情豊かな彼からは想像のできない事態にわたしは慌てふためいた。
もしかして好きだってことがばれた?フラれるの?そんな不安が過る。
上手い返しも思い浮かばず、ただぽかんと口を開けて高瀬くんを見つめるしかできなかった。その口は、高瀬くんの次の言葉でまたしばらく塞ぐことができなくなる。そんな、まさか。わたしはただ混乱することしかできないまま、冒頭へと戻る。

「好きなんだ、ななしやまさんのこと」
「…え?」
「ちゃんと仲良くなる前から、好きだったんだ」

そんな嘘みたいな話があるのか?自分に問いかける。でも目の前にいる高瀬くんは本物で、彼はこんな嘘は言わない。それに、彼の目は真剣だった。嘘なわけがない。

「あ…」
「急にごめん。でも、課題誘ってくれて嬉しかったんだ」

俺のこと嫌いじゃないんだって思って。小さく呟かれた言葉に心臓がうるさくなっていく。わたしと同じ気持ちだったことが嬉しくて。その次の言葉はもう決まっている。わたしも。そう言うだけだ。なのに言葉が続かない。ほんとうに?どこかで疑っている。

だってこんなうまい話があるんだろうか?
彼は性格もよくて気さくなイケメンで、わたしは特にぱっとしない、強いていうならみんなより胸が大きいかなぁくらいの、どこにでもいそうな普通の女の子。誰が見ても釣り合わない。その気持ちが、早く答えたい気持ちとない交ぜになって喉を握りつぶす。「あ、わた、わ、わ、たし…」鼻がツーンとして、頬に涙が伝う。

「…困らせてごめんな」

あなたが、あなたのほうが、困った顔をしているんだよ、気付いてよ。そんな彼を見ていられなくて視線を落とす。彼のスニーカーの星マークと自分の黄色のパンプスの爪先の間に涙が落ちていった。言いたいのに、うまく言葉を選べなくて、声を出せなくて、悔しい。「残りの資料は俺が探しておくよ」優しく頭を撫でられて胸がいっぱいになる。

「たか、せ、く」
「ごめんな」
「たかせ、くん」
「泣くなよ」
「す、…き」
「え?」

彼の空いている手をぎゅっと握って、言葉を吐き出す。「高瀬くん、すき」それは蚊の鳴くような小さな呟きで、届いたかは分からない。だから、この指先から伝わってほしい。ひんやりとした彼の指に、溶けそうなほど熱い震える自分の指を絡める。今度ははっきりと言う。





溶け出した指先に思いを乗せて、もう一度いうから、伝えさせてほしい。静かな空間にわたしの声が響き渡ったような気すらした。

「高瀬くんが、好きなの」
「…ほんとに?」
「ほ、ほんと、です」

ぎゅっと握り返された高瀬くんの手は、いつのまにか熱くなっていて、わたしと同じ体温を共有しているようだった。
プレゼントは、あとで学習室に戻ったときに渡そう。





12/02/02 恋栢
浪漫地下様へ提出
お誘いありがとうございました。


提出していたものをこちらにも載せることにしました



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