約束をしたわけじゃない。それでも毎朝、わたしは改札横で待っている。わたしと同じセーラー服の緑色の襟を翻して歩いていく少女たちと、彼と同じ黒が基調色の少し変わったブレザーを羽織った少年たちが歩いていく。その学生の群れに紛れてスーツ姿の中年男性や、際どい短さのスカートを気にもせず走っていくお姉さんたちもちらほらと目に付いた。
わたしはここで期待に胸を膨らませて、それこそ、弾けるんじゃないかと思うほど膨らませて待っている。風に揺らされた髪を手櫛で整えて、もうそろそろくるであろう彼を視線だけで探した。「よぉ、ななしやま」自動改札口の向こうで冠葉が右手をあげた。その手には定期が握られている。

「おはよう!冠葉!」
「おはよう。待たせたな」
「いいよ、学校行こう?」

彼は定期を鞄のポケットへしまいこみ、頭を撫でてくれた。わたしたちは付き合っていない。でもわたしは知っている。冠葉がわたしを好きなことを。そして、それは冠葉も同じ。わたしが彼を好きなことをきっと気付いている。
でもわたしたちはお互いに意地っ張りなのだ。どちらのほうがたくさん好きかだとか、先に告白するかだとか。そんなことにこだわっている。相手に好かれていたい、告白してほしい、させたい。そんなくだらないことにこだわっているのだ。

「ねぇ冠葉、今度どこか連れてってよ」
「妹と弟と先約があるからなぁ」
「…ずるい」
「ん?」
「なにも!どこ行くの」
「陽毬の好きなところ」

そのふたりは冠葉にとってとても大切な存在だ。妹さんには会ったことがないけれど、とても可愛いのだそうだ。そんなことを引き合いに出されたらなにも言えなくなる。
それを分かっていて冠葉は言っているから質が悪い。これはきっと、この間わたしが彼からの誘いを断った仕返しなのだろう。まわりの人たちが見ていない、こんなにも子供っぽい冠葉。堪らなく優越感を感じる。
好きな人の、他の女が知らない部分を知ることができるなんて、なんて幸せなんだろう。
にやにやと笑いながら隣を歩く彼を愛しくも思い、憎くも思う。

「じゃあまたな」
「うん、授業中寝ないようにね!」
「お前こそな」

そうこうしているうちに、分かれ道に差し掛かった。彼は少し口を尖らせて「またな」と繰り返す。わたしも「またね」と手を振る。冠葉は言いたいことがある様子を見せるけど、わたしは知らん顔をして言うのだ。

「じゃあ行くね!兄弟と仲良く!」



言ったからには実行してもらいましょう?「おま、」慌てたような様子も好きだけど、やっぱりお互いに意地を張り合えるような関係も好きなのです。



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