あなたが見ている先が、それが本当にわたしなのか怖くなった。
いつだって冠葉は陽毬ちゃんとそれを取り巻くものが中心だからだ。可愛い可愛い陽毬ちゃん。白くて小さくて、甘い匂いのする女の子。冠葉の妹。きっとわたしなんかには到底及ぶことのできない高さにいる人。
そもそもわたしは冠葉にとって、どういう存在なのだろうか?
他人、知り合い、友達、セフレ、恋人、幼馴染み、兄弟のような相手。
どれも似ていてどれも違うのは、なぜか。わたしが彼に求めすぎているのか?溢れ出す不安や嫉妬が、まわりを見えなくさせる。
冠葉はいつだって、わたしを振り返ってはくれないから。陽毬ちゃんとはちがうから。
しまいこもうとしたはずの嫌な気持ちが背中を這いずる。衣擦れの音に思考を中断して視線を向ければ、冠葉が寝返りを打ったところだった。普段の彼はどこか世界を悟ったように大人びていて整った顔立ちだけど、こうやって寝息をたてている姿はとても幼い。この冠葉を見ることができるのはきっと彼の家族と、わたし。そう思いたい。

1Kの狭いわたしのアパート。ここに冠葉が訪れるときはだいたい家でなにかあって居づらくなったときか、不安を溢れるほど抱え込んでいるとき。キッチンから水滴がシンクに落ちる音が聞こえてくる。水を飲もうと絡まる足をほどいて上半身を起き上がらせると、手首を掴まれた。

「…ななし?」
「起こした?」
「いや、」
「冠葉?寝ぼけてるの?」

天井に視線を向けたまま、冠葉は黙る。切れ長の瞳は真っ白な暗闇を捉えたまま。もう一度だけ「かんば、」彼の名前を呼んだけれど、ゆっくりと瞼は降りていった。すると小さく唇が動いた。聞き返すと、今度ははっきりとした声音で彼は言った。

「あいしてるよ」

あいしてるよ、だから、なにも不安がるな、と。
わたしが見ていたものはなんだったのだろうか?彼はこんなにも、わたしを見ていてくれているじゃないか。ぽろり、急に心の奥をえぐられて、そこから溢れ出してきた。わたしと彼の関係は?
それは家族であり、友人であり、他人でもありお互い自身でもあり、恋人でもある。

「かんば、すき……すき、」
「知ってるよ」

そっと冠葉に口付けて、覆い被さるように抱き付いた。わたしの背中を優しく撫でるその大きな手のひらに、わたしたちは守られているのだ。「…ななし、愛してる」耳元で囁かれた言葉は、怖がりな心に染み込んでゆく。

「わたし、最低だ。陽毬ちゃんに嫉妬したの」
「明日うちに行こう」
「でも」
「陽毬はそんなの気にしないし、お前だって陽毬に会えばどうでもよくなるさ」

はは、溢れた笑いには、わたしにも陽毬ちゃんにも過不足なく信頼を寄せているゆえの優しさが含まれていた。お前たちは姉妹なんだから、と、その言葉に心が熱くなる。
きっと何者にもなれないわたしたちは、何者にもなれないなりに世界でただひとり、彼のために、そして、わたしを支えてくれるもののために、笑い、泣き、怒り、嫉妬し、安堵し、生きていく。



そうして生きていく

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