じわりと空気が重たい。この時期独特の匂いに、ふと窓の外を見た。真っ黒な雲は我が物顔で空を覆い隠し、これでもかと声をあげて泣いている。教室には先生の教科書を読み上げる声と、シャープペンを走らせる音だけが浮いて聞こえていた。窓に遮られて雨音はどこか遠くのことのようだ。黒板にチョークが擦れる音がする。前を見れば、英文の訳が書かれているところだった。
わたしはそれをノートに書き取りながら、小さくため息をついた。
雨なんて。憂鬱な気持ちになるだけだ。もちろん雨が降らなければ困るのはわたしたちだと分かっている。分かってはいても、嫌いなのだ。髪ははねるし、靴には水が入り込んでソックスまでびたびたになるし、肌にべたべた張り付くし。いいことなんか――と、わたしの意識はそこで思考から削がれることとなる。きーんこーん。チャイムにはっとして、そこでノートを最初以外、全くとっていなかったことに気がつく。どうしよう、

「ななし」
「あ、ケンくん」
「さっきのさぁ、最初のとこなんだけど」

慌ててまわりを見渡すと、ありさちゃんはもういなくて、代わりにケンくんと目があった。彼は綺麗にまとめられたノートの、ページの最初を指して言った。かろうじて写してあるところではあるけれど、そこから先は真っ白だ。できれば見せたくなくて、「あー…」つい口ごもってしまう。

「なに?お前もとれなかったの」
「あっ、ケンくん!勝手に見ないで!」
「なんだ、書いてある、…うわぁ」

うわぁ。呆れたような、バカにしたような、引いたような声。「お前なにしてたんだよ…」ケンくんは眼鏡をかけなおして、訳を写し始める。それ、は。感傷に浸っていたというか、なんというか。そんなことは言えるわけもない。
黙ってケンくんがノートを書き写しているのを見ていたら、彼のノートも一緒に渡される。

「写していーよ」
「えっ」
「甘やかすのは駄目なんだけどなー」

にやっと、彼が笑う。たったそれだけでぎゅっと締め付けられて、こんなの蘭ちゃんたちに見られたくないな、なんて思った。
予定がなかったわたしは、ノートを写すためにふたりで教室に残った。ケンくんはかちかちと携帯をいじって黙ってしまうし、倉田くんも蘭ちゃんも戻ってこないし。鞄はおいてあるからどこかにいるんだろうけど、なんだか落ち着かなくて、早く帰ってきて、と願った。

「…ななし」
「え?」

名前を呼ばれて顔をあげると、いつものみんなといるときの意地悪な顔じゃなくて、わたしにだけくれる優しい顔をしていた。ケンくん、わたしも名前を呼びたかったのに、どうしてだか声にならなくて。
ゆっくりとケンくんが近付いてきて、そのまま、唇が重なった。ぐらぐらと血液が沸騰しそう。



「ケン、くん」

今日もわたしは精一杯なんでもないふりをするのだ。たとえそのはりぼてが、中身のないものだとばれていても。
お願い、もう少しだけ蘭ちゃんたちが遅く帰ってきますように。

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