みーんじわじわじわ。庭の木で蝉たちがこれでもか、と騒ぎ立てる。みーんじわじわじわみーん。あつ、い。うちわで扇ぎながら、そのまま後ろへと倒れた。畳の匂いが鼻をくすぐる。 もうおばあちゃんはいないけど、今年もおばあちゃんのためにみんな集まる。もちろん、佳主馬も。今年も小磯さんは来るんだろうか。お姉ちゃんは就活が忙しいらしく、わたしたちと一緒にきていない。 ごろん、寝返りを打つと「ななしー、これ」お母さんがおばあちゃんの遺品の中から、浴衣を出してきてくれた。おばあちゃんの若い頃の、浴衣。
「そろそろ佳主馬くんたち来るから、来たら荷物持ってあげて」 「はぁい」 「お母さんたちちょっと出るから」
そう言ってお母さんは駆けていく。佳主馬たちもう来るんだ。どきどきと鼓動が乱れる。早く、会いたい。 少しなら時間もあるだろうし、浴衣に手をかけた。と、玄関のほうで声がする。「こら!ちか!走るな!」佳主馬の声がする。もうちかちゃんも4歳、元気にひとりで走り回れるから、お兄ちゃんは大変だなあ。すごく微笑ましくてなんだか心が安らいだ。佳主馬たちのところに向かう途中で、足に小さな衝撃を受ける。「ななしちゃん!」ひまわりみたいな笑顔でちかちゃんが笑いかけてくれる。
「久しぶりー、ママは?」 「ママあっち!」 「そっかそっか、ママのとこ行こうね」
はぁい、小さな手が私の手を握る。昔は佳主馬ともよく手を繋いだのになぁ。大きくなるとそんなこともなくなって行く。手、繋ぎたいな。 玄関につくと、佳主馬が気付いてこちらを向いた。
「もー、ちかぁ、駄目でしょ」 「ママー!」 「ななし久しぶり」 「佳主馬も。また背伸びた?」 「うん、今175こえた…かな」
ちかちゃんはおばさんに抱きついて、また笑顔を見せていた。 久しぶりに見る佳主馬は、去年とあまりかわらないはずなのに、すごく大人びて見えた。身長が伸びたからだろうか。他愛もない話をしながら荷物を部屋に運び込み、一度別れてわたしはキッチンへ、カズマは居間へ向かった。 麦茶をコップに注いで、わたしも居間へ向かう。
「佳主馬、麦茶飲む?」 「うん」 「はい」 「それよりこれ」 「あ、それ」
おばあちゃんの浴衣、借りるの。佳主馬の手には、さっきお母さんから受け取った浴衣があった。黒地に蝶の柄の浴衣。「着るの?」そう問われて、素直にうんと言えなかった。なぜだかとても恥ずかしくて。肯定も否定もせずに、「綺麗な柄でしょ」と誤魔化した。
「ななしちゃあん」 「暑いわねー」 「あ、麦茶どうぞ」 「ありがとう」
おばさんたちもやってきて、4人で麦茶を飲んで、お母さんたちが帰ってくるのを待った。 夜には夏希お姉ちゃんも小磯さんもみんなそろって、ごはんを食べた。侘助おじさんも帰ってきて、年に一度の陣内の楽しい時間。ごはんを食べ終わってスイカが机に並んだ。テレビを見たり、花札をしたり、話し込んだり。わたしは佳主馬の横でそれを見ていた。ふと、左手に何かが触った。
「あ、…佳主馬、」
それは佳主馬の右手で、わたしの手を飲み込んでいた。からだがどんどん熱くなっていく。どうし、よう。誰かにばれないかひやひやしたのはわたしだけみたいで、佳主馬はなんでもないように麦茶を飲んでテレビを見ていた。
佳主馬の心臓もわたしみたいにおかしくなってるなんて、全然知らないていた。
(佳主馬大好きですまじ池沢さんかっこいい)
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