いつものように、ななしがよろず屋にやってきた。でも様子がおかしくて、声をかけた途端に怒り出す。「銀ちゃんのばか!」まさか、自分が突然怒られるとは思いもしていなかったせいか、なにも言い返せなかった。とりあえず理由を聞こうとすれば、浮気をしたと言われる。

「なんでそんな怒るんだよ、」
「お妙と歩いてた!あやめと抱き合ってた!」
「どっちも浮気じゃねぇよ」
「銀ちゃんのばかっ!」

ななしはついに手当たり次第、物を投げつける。コップは割れ、破片が飛び散る。雑誌や新聞はぐしゃぐしゃになり、倒れたいちご牛乳のパックから流れ出たピンクの液体はソファを汚す。
いつもはそんなことじゃ怒らなかったななしが、なんで、こんな?しかもこんなヒステリックな。

「どうしたんだよ、おまえ」
「うるさい!」
「今日のお前おかしいぞ!」

びくっと肩を揺らして、動かなくなる。俯いていて表情は分からないが、握っている拳が力を込めすぎて白くなっているのが見えた。
ねぇ、どうしよう。ぽろぽろと涙を流して、消えそうな声で彼女は言った。ねぇ、どうしよう。その場に崩れ落ち、まっすぐに俺を見て言った。
長いまつげに、涙の粒がくっつく。きらりと光を反射し、それがまた儚さを醸し出した。「ぎ、ん…ちゃ」小さな声が一生懸命俺の名前を紡ぎ出した。

「わたし、しぬんだって」
「……」
「銀ちゃんと一緒に生きれないんだって」
「なん、だよ…それ」
「病気、治らないんだって」

知らなかった事実に、頭がおいつかない。しぬ。誰が?そんなことは、聞こえている。でも、理解したくなかった。病気なのは付き合う前から知っていた。難しい病気だと聞いてはいたが、治らないなんて一言も…いや、本人も知らなかったんだろう。しかし病院はついに匙を投げた。治らない彼女の病気に、見切りをつけたのだ。延命治療を続け入院するか、残りの時間を自由に使うかを問われたという。長くても、1年はもたないらしい。

「ね、銀ちゃん…ひとりはやだ、よ」
「…ななし、」
「ぎんちゃん、あのね」








ななしが望んでもいないことを言っているとは気付いていた。

「…いいよ」

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