ぼーっとしていたらざっくりやってしまった。指先から血がこぼれてくる。
結構深いみたいだ。じわじわ痛みが強くなる。
カッターを右手で持ったまま呆けていたら隣にいた友達がひどく焦って泣きそうになりながらすすめるから、ひとり保健室に向かことにした。

「せんせい」

がらり、扉を開いて中に入っても静かなまま。先生は机に伏して寝入っていた。

「…せん、せ?」

見るだけで悲しくなるくらいに好きなのに反して、好きになってはくれないだろうとどこか冷静に判断している自分がいるのはわかっていた。
だって先生は大人だ。いくら保健室が先生の私物で塗れて足の踏み場がなくたって、靴下をはきたくないと子供のように拗ねたって、わたしが知らないくらいの大人な恋をしてきただろうことは分かる。
前に、昔付き合っていた人のことを少しだけ話してくれたけどわたしとは全然違った。仕方ないのひとことで片付けたくないけど、ほかに言葉が見当たらない。

「ん、」
「あ、」
「あれ、お前」

ゆっくり目が開かれて、菫色の綺麗な目がわたしを見据える。「授業は?」ひんやりとした声音に動けなくてそのままいると、ぽた、と音がした。リノリウムの床を見てみれば、赤い華が散っている。

「あ、」

わたしはまた無意味な声を空気中へとこぼす。「どうしたんだ」これ、と、手首を引っ張られた。 「さっき授業で」「ずいぶん深いじゃないか、こっちこい」 呆れたのかめんどくさいと思ったのか浅いため息を吐いてデスクから離れる。窓辺の棚から消毒液と脱脂綿を出して「はやく」動かないわたしを急かした。
はやく、という声が少し、ほんとに少し優しくて、指が痛いはずなのに心臓が泣きはじめた。

「馬鹿なのか?」
「え?」
「床にたれるくらい血が出てんのに黙って俺が起きるの待ってたろ」
「…疲れてるかと思って」
「だから馬鹿かっつってんだ」

ガキが大人の心配なんかするな、困ったみたいな声がわたしを素直にさせない。好きだからと言いたいのに、口を出たのは謝罪の言葉。「ごめんなさい」困らせてごめんなさい。

「…ほら、また血がたれてる」
「あ、」
「ちょっとしみるからな」

消毒液がずきずきしみて、心にもしみて、涙がでてきた。ああ、わたしって迷惑なおんなだ。
絆創膏を貼って、おしまい。いたいなあ。ぼろり、目から涙が零れて頬を濡らした。

「終わったぞ、そんな痛かったか?」
「い、いたい…」
「そうか」
「いたい、よ」
「ごめんな」

よしよし泣くな泣くな、そうやって先生は頭を撫でてくれた。
いたいよ、知らないでしょ先生、知らないでしょ。なんでこんなに痛いか、知らないでしょ。馬鹿みたいにすきなんです、ごめんね、せんせい。
俯いて絆創膏が巻かれた指を胸元でぎゅっと握る。
すきです、どうしても。





それ以上は、怖くて望めなかった。


(先生すてき!)(ちょっと可愛いとこもあるみたいで今から楽しみです〜^^)

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