「ほんとに分かってるんだろうな?!」
「そんな何度も言わなくたって分かってますって!」
「何度でも言いますよ!絶対にファンにはバレないように、」
「あ〜もう時間ないんで!1時間で戻れって言ってんのそっちでしょ〜が?!もう行きますよ!」

茨の握るキャップと伊達メガネをひったくるように受け取って、転がるように事務所を出た。まだ茨が何か言っていたような気もするけど気のせいだ、気のせい。オレは何も聞いていない。
焦る気持ちはあるのに、ようやく茨からの嫌味とお小言から逃れたオレの足取りはステップを踏むようだった。ななしとの待ち合わせ場所へはESからそう遠くないのが救いだろうか。
きっとななしはもう時計の下でオレを待っている。オレを。
そう、オレを!
は〜たまんないっすねえ!なんかカレカノみたいじゃないです?もうこれカレカノでいいんじゃないです?
一人でにやにやしてしまうのは許してほしい。
完全に浮足立っている自覚はある。なんたって随分渋ったななしとようやく取り付けた約束なのだから。
せっかく出かけられるんだし、そりゃ浮かれるのも仕方ないですよねえ〜?
しかもふたりきり!
だというのに待ち合わせ時間はすでに過ぎている。焦って全力で走ったがしかし、肝心のななしの姿は見当たらない。時計台の下には代わりに逆先さんがいた。
確かこのあと茨と打ち合わせがあったはずだ。ミーティングルームをとっていたのを思い出す。

「茨ならもう事務所いますよお」
「『もう』っていうカ、七種氏はいつでもいるでショ」
「まあそうなんすけど…て、あ、ななしもういたんすね」

メンバーですら驚くほど事務所にひっついているのは確かだ。
呆れたようにため息をつく逆先さんに苦笑してしまう。と、その影に会いたかった人物が隠れていた。
心の奥底からとろりと温かい気持ちが溢れ出す。思わず笑顔になってしまうのを止められない。
ぎょっとした逆先さんは青ざめた顔でオレたちを見比べてななしに詰め寄った。
危機感を感じているのは逆先さんだけで、ななしは限定メニューが食べられなくなるとオレを急かした。
いや〜、絶対そうだと思ってはいたけど、これ、想像以上にななしのこと好きなやつじゃ…?
厄介すぎる敵も、このあとの予定のせいでついてこられないのは幸いか。

「じゃ、逆先さん。すみませんねえ…☆」

にやにやしながら手を振って、ななしのあとを追った。
人混みの中、ぴょこぴょこ動く頭を辿ってどさくさ紛れに手を掴んだ。

「えっ?」
「はぐれると困るんで」
「え、ええ…でも見られたらまずいんじゃ……」
「そんなもんこれからカップルメニュー食べに行くのに今さらでしょ〜よ」
「う、それはそうなんだけど…!」

逃れようとぐいぐい腕を引くけど、絶対に離す気のないオレは、むしろ指を絡めてしっかり握りしめた。
びくっと体を揺らして固まったななしは顔を真っ赤にして振りほどこうと躍起になった。
かわい〜ったらないな。自分が今どんな顔してるか分かってるんだか?
これ、もしかしてワンチャンあります?

「はいはい無駄っすよ〜」
「ちからつよ?!」

ぶつぶつと「七種さんといいこのグループは力が強くないと駄目なルールでもあるの?」と独り言を言うおまぬけは、目的地も決まってるのにわざわざ手を繋ぐ必要がないことにまったく気づいていない。
あほ可愛いな〜。

そうこうしているうちにカフェに着いてしまい、さすがに手を離した。
綺麗めな外観のその店は、女子やカップルで来るのに向いているのだろう。学校終わりらしき人たちがすでに列を作り初めていた。

「あ〜、もう列できてるね。時間間に合うかな?」
「大丈夫っすよ、予約とってあるんで」
「準備がいい!」
「このへんはES関連多いんでけっこう融通利くんですよお」
「なるほど…?」

列を追い越してドアを開くとチリンとベルが鳴って、店員が振り向いた。予約していた名前を告げると、特に驚いたりじろじろ見たりすることもなく奥まった席へと案内された。ESでもここへ来るアイドルは少なくないから対応に慣れているんだろう。

「けっこういい席だね!ここならジュンくんってばれなさそう」

ホッとした様子でメニューを開いたななしは、今日で一番『あの頃』らしかった。子供っぽくてオレとの壁のなかったあの頃。

「限定メニューは頼むとして、もう一皿くらいいっときたいっすね」
「いいねえ!ジュンくんわけっこ大丈夫な人?」
「最初からそのつもりですよお」
「ありがたい〜!でもどうしよう、色々あって悩んじゃうね」
「これは?ななしチョコも好きだったでしょ」
「すき!大好き!」

チョコケーキの食べ比べプレートを指差すと目をきらきらさせた。 
ぐ、全開の笑顔と「好き」の言葉の破壊力…!
オレも好きっすよお〜!
もうなんでもいいからさっさと連れ帰りたい。家に。今すぐ。
茨〜、もう今すぐ囲えません?既成事実とか作っていいやつです?待てそうにないんですけど。
脳内でパーティーを始めたオレに、茨は「いいわけないだろうが!」と叫んでいる。

「ジュンくんも好き?」
「すきです」
「だよね!バレンタインに欲しがるくらいだもんね」

思わず食いぎみに返事をしてしまったけれど、ななしは気にした様子もなく笑っている。
は〜、ほんと今すぐ持ち帰りたいんですけど。ななしが「楽しみだね!」とわくわくしていなかったら危なかった。この笑顔を壊すわけにはいかないから、少なくとも食べてからにしよう。

「そういえば、今日ほんとによかったの?」
「何が?」
「え、いや…だから…カップル限定とか、スキャンダルになったりとか…七種さん怒ってなかった?」
「こっちから誘ったのに駄目もないでしょ」

茨は怒ってましたけど。
気にするだろうし、わざわざななしに言うことでもないので黙っておく。

「それもそっか…?」

半信半疑のななしは微妙に話をぼかされたことは気にしていないのか、「ほんとにいいのかなあ?」と首を傾げた。

「他にも誘いやすい人とかいたんじゃない?ほら、夏目くんの学校に女の子いるでしょ?知ってる?」
「ああ、あんずさん?」
「そう!前に一回だけ会ったことあるけど可愛い子だよね!」
「そうっすねえ。まあオレにはあんたのほうが可愛いですよ」
「ばっ?!」
「え?」

逆先さんに言われ慣れてるだろうし、てっきり「やだジュンくん〜」くらいに流されると思っていたから、その過剰な反応にびっくりしてしまった。

「びっくりした…」
「いや、オレがびっくりしましたけど。そんなびっくりすることです?」
「するでしょ!ジュンくんだよ?こんなかっこいい人に言われたら照れるしドキドキするよ…」
「ドキドキしたんですか」
「何回も言わせるんじゃなーい!」

照れ隠しなのかメニューで壁を作って隠れてしまった。
オレはいまだにきょとんとした顔のまま、じっと隠れきれていないつむじを見つめた。ななしが、照れている。
え?これワンチャンですよね?!茨!茨ー!!ありですか?!これはありのやつですか!攻め込んでいいやつです?!
喜びのあまり混乱して言葉がつっかえてしまった。

「……」
「……」
「…なにか言ってよ…」
「え、いや…そんな照れると思ってなくて…」
「………」
「隠れないでくださいよ」
「今日はもう閉店です…」
「開店してください、見たいんで」
「面白がっている!」
「面白がってませんて」
「笑ってるじゃん〜!」

そりゃ笑うでしょ、チャンス感じちゃってるんだから。

「いや、可愛いなと思って」
「ほらからかってる」
「ね〜っつうのに。ほんとに可愛いですよ」

調子に乗ったオレは頼んだものが来るまで可愛いと連呼し、罰として苺をひとつ奪われた。
これ意識してくれてますよね?さすがにこのニブチンでもしてくれてますよね!ね?!


×