得意気なジュンくんと慌ただしいななしちゃんの背中が人混みへ混ざっていくのを歯がゆい気持ちで見送ったあと、なんとも言えない気分でESへ足を向けた。
……カップル限定メニューに負けた。限定メニューに負けた!!ほんとチョロすぎるでしょななしちゃん…!
いや、そもそもななしちゃんと一緒にそういうことするのはボクの役目でしょ?
ボクが今まで必死に蹴散らしてきたのに…!
ななしちゃんのばか!ボクがこんなにななしちゃんのこと好きなのに…!!
なんと罵倒しようとも、ななしちゃんの、ボクがいなかった時間を見せつけられたようで釈然としない。
もやもやする気持ちに反して今日もESのロビーはきれいすぎるほどで。
よくもまあいくつものプロダクションをまとめられたものだと感心する。暗躍したであろう幾人かの、人の悪そうな笑顔が簡単に頭に浮かんだ。きっとイキイキしてたんだろうなあ。
そのうちのひとりに会うべく、オフィスエリアへ続くゲートを通り抜ける。
タイミングよく一階にいてくれたエレベーターに乗り込んで行き先階を押した。静かな空間にひとりになるとやっぱりさっきのことを思い出してしまう。
あの勝ち誇った顔…!

「まさかジュンくんと知り合いだったなんテ」

他の誰と知り合いでも嫌だけど、ジュンくんもかなり嫌だ。彼自身は嫌いじゃないだけにやりにくくもある。
いやななしちゃんを好きってだけで敵だし、絶対に報われない片想いをしてほしいと思うけど。ことごとく邪魔してやりたいけど。
それこそ七種氏であればあの手この手を使って蹴落としただろう。まああの狡猾な男がそれで蹴落とされるとは思えないけど…。その分、遠慮なくやれるというものだ。
でもジュンくんはいい人だし、ななしちゃん相手じゃなければ普通に幸せになればいいと思う。
だけどななしちゃん相手なら話が違う。あの子だけは、ダメだ。
ごちゃごちゃ考えているうちにエレベーターは到着して、ドアが開いた。
コズプロの事務所を覗くと、七種氏はマグカップを片手にデスクでパソコンを睨み付けていた。また濃すぎるくらいのコーヒーを流し込んでいるんだろう。メンバーの管理もできない参謀はそろそろ胃をやってしまえ。
これから相手する蛇に隙を見せないよう、頭を軽く振って気持ちを切り替えた。

「Good Night…☆」
「ああ、逆先氏ですか…」
「打ち合わせはここでするノ?」
「いえ、ミーティングルームをとってあります」

声をかけたのがボクだと気づくと、七種氏は疲れきった顔を誤魔化しもせず、ノートパソコンや手帳を持って立ち上がった。こちらも切り替えが早いのは長所なのだろう。
相当詰まっているのかため息をついて、振り向きもせずさっさと行ってしまった。
エレベーターに乗っている間も無言だったあたり、扱いが雑になってきているのを感じる。
前ならばひたすら話しかけられ、あおられ、腹を探られていた。
どっちがいいかと言われるとどっちも微妙だけど。
ひたすら相手をしないといけないよりはマシなんだろうけど…。七種氏、めんどくさいし神経使うし煽ってくるし、体力も気力も削られるだけだし…。
失礼なことを考えているボクを気にもせずミーティングルームのロックを解除した。

「この部屋です」

案内されるまま、早足で部屋に入ってソファに座った。
とにかく巻きで終わらせたいんだよ…!
いくら仕事に意識を向けたところで、ふたりのことが気になって仕方ない。
ジュンくんと解散したななしちゃんと合流できるよう、さっさと終わらせる。一秒でも早く終わらせる。雑談もせず本題に入ろうと鞄からファイルを取り出してテーブルに並べた。
だというのに七種氏はボクの話を遮って足を組んだ。笑顔だけど完全に苛立っている。

「じゃあ次のライブだけど、」
「その前にひとつ」
「ナニ?早く終わらせたいんだけド」
「幼馴染みの管理くらいちゃんとしてもらえませんかねえ?」

ななしちゃんが今日、ジュンくんと出掛けていることについてだとすぐに分かった。
は?むしろこっちの台詞なんだけど????どの立場から言ってるの?

「そっちこそメンバーの管理くらいちゃんとしてほしいネ」
「いやいや!そちらこそ!一般人のくせにアイドルと接触しようなんて図太さには頭が下がります…☆」
「ハ?ななしちゃんは一般人だけどいるだけで最高だし癒されるシ、そもそも絶対ジュンくんのほうから誘ってるからネ?アイドルの自覚あるノ?」
「それはそうなんですが。その台詞はブーメランでは?」
「そうだろうネ!ななしちゃんは怖じ気づくタイプだし絶対自分からは腰が引けて誘わないヨ!あとボクはいいノ!将来的な関係だかラ!」
「いやほんとにアイドルとしてその発言はどうなんですか?」

さりげなくななしちゃんをけなされて、脳内でゴングが打ち鳴らされた。カーン!
アイドルと繋がろうだなんて太いやつだと言うけれど、ななしちゃん自身は極力アイドルと関わらないようにしている。センパイにも自分から連絡することは多くないし、ソラにも大分遠慮している。
そんなななしちゃんが自分からジュンくんを誘うわけもなく。話の雰囲気からしてもジュンくんに限定メニューで釣られたのは明らかだった。
ななしちゃんはアホだけど気遣いやさんのいいこなんだよ!心外だ!
ドン引きの七種氏はさらに聞き捨てならないことを続ける。

「別に彼女、特別整っているとかではないですよね?何がそんなにいいんですか?」
「めちゃくちゃ可愛いけド?!」

ボクにとっては誰より可愛いんだよ!
ていうか贔屓目なしでも可愛いほうだよ!確かに特別美少女とかではないけども!ななしちゃんは動いてるのが愛嬌がある感じで可愛いの!

「ジュンといい逆先氏といい、何がそんなにふたりをおかしくさせるんです…?彼女、平凡というか、普通の人ですよね。なにかこう……呪いとかかかってます?」
「かかってないしななしちゃんの呪いなら望むところだしむしろななしちゃんへの無礼で七種氏がこのあとボクに呪われるヨ」
「そんなことで…?」
「ハ?そんなことじゃないけド?」

延々とななしちゃんの魅力を説明するも途中で七種氏はげっそりしていて、ストップがかかった。まだ少ししかななしちゃんの可愛さを伝えられていないのに…。

「茨〜ちょっといいです、……ふたりともまだやってたんです?」
「……打ち合わせは1ミリも終わっていませんが」
「はい?何やってたんです?」
「七種氏がななしちゃんのこと平凡だとか整ってないと言って魅力が分からないみたいだからプレゼンしてたんだヨ」
「意味はわからないですけど助太刀します」
「地獄か?」

七種氏がうんざりするほどジュンくんとななしちゃんの好きなところプレゼンを続け、気づけば日が沈んでいた。

「あっななしちゃん…!」

結局ななしちゃんと合流できなかったじゃん!
ツヤツヤの笑顔のジュンくんはまた「すいませんねえ」と全然申し訳なさそうにななしちゃんが楽しそうだったとか嬉しそうだったとか話してくれた。あえて「スイーツを食べて」という部分を言わないでいるだけだと分かっていても悔しい…!
七種氏はあと数日睡眠不足になるように念を送っておこう。


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