通知のないメッセージアプリを開いては閉じて、既読の文字を睨んだ。

「まだ来てない」

昨日の夜、既読がついてから途絶えてしまったやりとり。
いつもそうだ。
連絡先を無理矢理交換したまではいいものの、ななしからは全くアクションがない。オレからメッセージを送れば無視はされないが、消極的なのが見てとれる。既読がついてもなかなか返事はくれないし、返事のないまま次の話題を投げることも少なくない。
放っておいたらいつかそのまま返事がなくなるだろう。

茨に言われたからかなんなのか、ななしも、ジュンくんはアイドルなのにいいのか〜とかスキャンダルが〜とか度々言ってくるけど、どうせ逆先さんとは気にせずばんばんやりとりしてるんでしょ〜よ?!
あのへらへらした能天気な笑顔で、夏目くんは幼馴染みだからとかアイドルになる前だからとか言うんだろうけど、それならオレだって、昔のななしを知ってる。
たった数ヵ月でも、逆先さんの知らないななしとの思い出がある。
ななしに初めてチョコもらったのはオレだし。
家族みたいなものだとかななしは言うけれど、茨もわざわざチェックしていた情報だということはそれだけななしが逆先さんの弱味になるということでもある。一緒にいたななしの友達の発言からも、逆先さんも並々ならぬ気持ちを持っているのは確実だ。
だとすればオレと逆先さんに一体どれだけの違いがあるというのか。
逆先さんだってオレだって、ななしを好きなESアイドルってとこは変わんないっすよね?
そもそも手紙の返事を出さなかった後ろめたさがある分、文句が言えないとはいえ、

「納得いかね〜」
「は?」

ロケバスの中でもパソコンに向き合う茨の横で、昨日から返信のこないななしとのメッセージ画面を眺める。
つい口からこぼれたそれに、茨は怪訝そうにこちらを見た。

「ななしです。どうせ逆先さんとは連絡とってるくせに、オレには義務的っていうか事務的っていうか。どういうつもりなんです?あの子?」
「俺に言うな!」
「茨があんな風に圧かけるから…!せっかく何年越しに会えたってのに」

好きだった女の子が偶然目の前に、いや、かなり遠かったですけど。さすがに目の前って言うには無理がありましたけど。とにかく、再会できて、まだ好きだったら諦めるとかなくないですか?あ〜思い出してもドキドキしてきた。

「なんで逆先さんはよくてオレは駄目なんです?絶対逆先さんもななしのこと好きっすよ。そっちがよくてオレが駄目って不公平すぎません?」

力説するオレに呆れているらしい茨は、途中からは聞いているんだかいないんだか、缶コーヒーを煽った。
恨みがましく睨み付けても、痒くもなさそうに鼻で笑った茨はメガネのブリッジを押し上げると視線をパソコンへ戻して言った。

「逆先氏のことはまあ、親同士の未成年の保護責任の問題も関係している以上、こちらからは口出しできるものじゃないだろうが」
「チッ」
「そもそもお前はアイドルとして自覚を持て。初恋だかなんだか知らないですけどね、ジュン。本当ならメッセージのやりとりだってーー」
「あ〜もう、聞きましたよ何度も!だからあの仕事引き受けたでしょうが?!」

ななしが帰ったあと、耳にタコができるくらい聞かされた。
アイドルとしての自覚がとか、スキャンダルがとか、クレビを事務所に抱えておいてオレに言うな。先にあっちに言ってくれ。暴走した自覚はあったし、そう言い返したいのを我慢して、何度「分かってる」と返事をしたことか。
それだけじゃ飽きたらず、ななしとの関係を絶たないために、今まで渋っていた仕事をいくつか代わりに受けることになった。
手の早いことで業界内では有名な大御所の女優がオレに目をつけていて、しかし共演NGにするには損が多い。うまく立ち回れというのが茨の意見で、できれば同じ番組に出たくないというのがオレの意見だった。
どうしてもななしのことで引かないオレに、交換条件として茨が提示してきたのがそうやって渋っていたいくつかの案件を引き受けることで。せっかく巡ってきたチャンスを逃すくらいなら、あの女優をかわしながら収録したほうがずっといい。
しんどいことは確実だが、その先にななしがいるならやる気も出る。

「そっちの条件飲んだんだから、多少は多めにみてくださいよ」
「……Edenに迷惑はかけないように気を付けてくださいよ」

握りしめていたスマホが震えて、急いで確認するとななしからだった。
飛んで火に入るなんとやら。
セゾンアベニューにあるカフェの限定メニューの話を振っておいたら、案の定興味を持っていた。

「ってことで今度デートに誘います」
「もしかしてジュンは話聞いてなかった感じですか?」
「今度ななしの好きな苺のスイーツがカップル限定でセゾンアベニューの店で出るんで。絶対釣られると思ってたんすよ」
「お前は自重を覚えろ」
「自重してたらあのニブチンはいつまで経っても、それこそ一生振り向かねえんですよ!」

今でさえこんなに分かりやすく連絡をとっているというのに、そんなこと考えもしていない。たかだか数ヵ月しか一緒に過ごさなかった同級生に、久しぶりに会ったからってトップアイドルがリスクを冒してまで接触します?
しないでしょ。普通!
ななしはその意味に気づきもしない。考えもしない。
なまじ近くに人気アイドルの幼馴染みがいるだけに、感覚が麻痺しているのだ。スキャンダルだとかは気にするくせに。
でもそんなことは関係ない。押して押して押して、ひたすら押して、追いつめて、囲って、あのお人好しの周りをガッチガチに固めてやる。

「ぜって〜オトすんで、根回しのほうは頼みますよお」

気づいた頃には他に選択肢がないくらいえげつないの、頼みますよ。


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